在りし日の、きみの残像。



「なあ木野、これ頼むな」

「……」

「いやそうな顔すんなって、幸福が逃げるぞ」

 僕の級友は、僕の机に封筒を乗せて、逃げ去っていった。

 幸福が逃げるなんて、誰のせいだと不満を感じつつクリアファイルに入れる。


 やむを得ずとはいえ、僕が預かっているのは……俗に言う、ラブレターだ。


 相手は、つい数日前の席替えで奇しくも隣の席になった、神田秋奈さん。

 あまり学校で見たことはないけど、男子からは絶大な人気を集めている。


 けれど僕にとっては、入学式で見たのを、少しだけ覚えている程度だ。

 興味がないと言うと周りに睨まれそうで黙っているけど、本当に関心が持てない。


「けど、これで十三枚目か……不吉だな」


 思わず呟く。クリアファイルに入れるにも、少し厚すぎる。

 カバンに入れていた輪ゴムのうち一つを取って、封筒を丁寧に束ねてみる。


 ……お、いい感じかもしれない。


 少し嬉しくなり、口角を上げる。

 机に入ったままだと忘れそうで、僕は、封筒をポケットに入れた。



「あっ……」

 休みの時間が来てすぐに視線を感じ、思わず廊下へ出る。

 また手紙なんて渡されたら、たまったものじゃない。


 なんとなく教室に戻る気にはなれず、ぶらぶらと校内を歩いた後図書室を訪れる。

 入口辺りは混雑しているものの、奥は人が少なく、逃げるように奥へと入り込んだ。


「……あれ」


 見覚えのある後ろ姿。

 これってもしかして……と、希望とも驚嘆ともいえない感情を抱く。



「あのー……」



 僕が複雑な感情を抱きながら声をかけると、彼女は驚いたように声をあげた。

「なに……っ?」


「……神田(・・)さん、だよね?うちの……あ、一年二組の」


「そうだけど……」

 神田さんは、いやそうに顔を顰めた。

「きみ、私に、なにか文句でもあるの?」


「文句があるなんて言った覚えはないんだけどな」

 咄嗟にそう返す。隙を見せてはいけないタイプの人間に見えた。


「用件、早く言ってくれるかな?」

 案外と、せっかちな人なのかもしれない。急かされるのは気分が良くない。


「急かさないでよ……はい、どーぞ」

 ポケットから封筒の束を出して、明け渡す。

 さっさと受け取ってくれと言わんばかりの僕を見て、彼女は手紙を受け取った。


「…………これ、手紙?何枚あるの?」

 思わず神田さんに同情する。急にこんなもの渡されたら、当然の反応だ。

 僕は順を追って、これを渡すに至った経緯を話した。


「……とにかく可哀想だね、きみ」


 他人事のような言葉に、皮肉を込めて返す。

「だろう?でもそれは神田さんのせいでもあるんだけどな」


「知ってる。でも謝らないよ、反省してないし」

 頑固なのかもしれない。だけど、別に謝ってほしいわけじゃない。

 そう伝えると、驚いたように首を傾げられた。

「どうして?」

 どうして、って……。僕は、自分の考えを説明する。


「神田さんが謝っても、僕にメリットはないから。大体の人はそう考えてるでしょ?」


 けれど、神田さんは意味が分からないとでも言うように眉をひそめたままだ。

 僕の意見は少数派なのかもしれない。だけど僕にとっては普通だし、分からない。


 人間関係って難しいと、再認識した瞬間だった。