家も仕事も失いましたが、一夜の恋で授かったお腹の子ごと若手社長に溺愛されています

「きみは丁寧だな」

 明莉のかしこまった挨拶に、彼は苦笑した。

 そしてそっと手を差し出す。

 意図がわからず、小首を傾げた明莉だが、彼は表情を微笑に変えて、小さく手を上下に振った。

「改めて名乗ろう。俺は泉谷(いずみや) 巳影(みかげ)。よろしく」

 どうやら手を伸ばされたのは、挨拶のためらしい。

 前に名字だけ聞いていたが、今回は名前も名乗ってくれた。

(ミカ……。なんか親しみがあるかも。友達に『美花(みか)』って子がいるからかな)

 名乗られた名前の『ミカ』の部分に少し気を取られたが、すぐに自分からも手を伸ばした。

 少々ためらったが、彼の厚い手に触れて、軽く握る。

「よ、よろしくお願いします。私は森本 明莉……」

 握手をしながら名乗ったが、彼には笑みを濃くされてしまった。

「知っている。前に名乗られたからな。もう手続きのためにも何度か書いたし」

 そんなふうに言われるから、違う意味で焦った。

 引っ越すのだから、当たり前だった。

「あ……そ、そうですよね」

 一体いつ名乗ったのかは不明だが、ホテルでの明けの朝から知られていたのだ。

 きっとそのときだろう。

 そう思っておくことにした。