家も仕事も失いましたが、一夜の恋で授かったお腹の子ごと若手社長に溺愛されています

 家事をしたり、少しゆったりと過ごしたりしたその日の夕方、明莉は買い物に出た。

 日常の買い物はネットスーパーも利用するが、少しは体を動かしたほうが良いので、ちょっとしたものなら買いに出掛けるようにしているのだ。

 この近くには大型スーパーがある。

 しっかりコートとマフラーを装備した明莉は、すっかり葉を落とした木々の道を、ゆっくり歩いていたのだけど……。

「明莉」

 不意に名前を呼ばれた。

 広い道へ続く路地を歩いていた明莉は不審に思う。

 なんとなく聞いたことのある声だと思ったが、とりあえず振り返った。

 だが、そこにいた人物を見て、目を見張ってしまう。

 彼はダークグレーのジャンパーを着込んで、目深にニット帽を被っていた。

 姿を見た明莉が驚いたのには、ふたつ理由があった。

 まずカフェのときと、実家で話したとき、「誰かに見られているようだ」と聞いた点から。

 そしてもうひとつは……彼の被るニット帽には見覚えがあったためだ。

 だってその、ワンポイントの刺繍が入ったワインレッドのニット帽は、昔、自分が贈ったもののように見えたのだから。

「……けい、じ……?」

 信じられない気持ちで口を開いた。

 それしか思い当たる人物はいない。