嘘つきな患者と、私の先生。

外に出る。

夜の空気が少し冷たい。



「……さむ」



「ほら」

さっと上着をかけられる。



「……いらないし」



「着て」



「……」

少しだけ迷って、そのまま着る。



「……ありがと」

小さく呟く。



「どういたしまして」



並んで歩く。



「……」



「……」

会話がない。

でも、気まずくはない。



(なんで)



さっきまであんなに嫌だったのに。



「ちゃんと前見て」



「見てるし」



「ふらついてる」



「ふらついてない」



「ふらついてる」



「……うるさい」



少しだけ笑う。



「ほんと無理するよね」

ぽつっと言われる。



「してないし」



「してる」



「……」

言い返さない。



「ねぇ」



「なに」



「なんでそこまで言うの」

ふと聞く。



少しだけ間。



「放っとけないから」

それだけ。



「……」



(なにそれ)



意味わかんない。



なのに。



少しだけ、安心する。



気づけば、家の前。



「じゃあ」

ドアに手をかける。


「今日はありがと」

ぽつっと言う。



「うん」



「……その」



言葉が詰まる。



「なに」



「……助かった」

小さく。



世那が少しだけ目を細める。



「最初からそう言えばいいのに」



「……うるさい」



でも。



「……でもほんとに」

もう一回言う。



「ありがと」



少しだけ間。



「どういたしまして」

静かに返される。



「ちゃんと休んで」



「……うん」



「無理するな」



「……」

少しだけ黙る。



「……がんばる」



「頑張らなくていい」

すぐに返される。



「無理しないだけでいい」



「……」



(なにそれ)



また、少しだけ。



心が揺れる。



「じゃあ」

世那が少し下がる。



「またな」



「……うん」






部屋の中。



「……はぁ」

ベッドに倒れ込む。



さっきより体は楽。

でも。



「……なんか、疲れた」

ぽつっと呟く。



目を閉じると、

さっきのことが浮かぶ。



近かった距離。

低い声。

触れられた腕。



「……なにあれ」

小さく呟く。



(別に)



(なんでもないし)



そう思って、スマホを手に取る。



画面が光る。



【如月世那】



「……は?」



通知。



《ちゃんと家入った?》



「……」

少し固まる。



(なにそれ)



(親かよ)



でも。



《入った》

短く返す。



すぐ既読がつく。



《よかった》



それだけ。



「……それだけ?」

思わず呟く。



(普通、もうちょいなんかないの)



なのに。



スマホを置こうとして、

また画面を見る。



「……」



(なんで気にしてんの)



少し考えて、

もう一度打つ。



《もう帰ったの?》



送ってから、

ちょっとだけ後悔する。



(なんで聞いたの)



すぐ既読。



《帰った》



「……」



また、短い。



(なにこの人)



(会話続ける気ないでしょ)



なのに。



《ちゃんと休んで》



続けて送られてくる。



「……」



さっきと同じこと。



でも。



さっきより少しだけ、

素直に入ってくる。



《わかってる》



少しだけ、柔らかく返す。



数秒後。



《無理するな》



また、それ。



「……」



(ほんとそればっか)



なのに。



なんでか、

少しだけ安心する。



《しないし》



強がりで返す。



少し間。



《するでしょ》



「……」

思わず小さく笑う。



(なにそれ)



(全部見透かしてるみたい)



スマホを胸の上に置く。



「……ほんと、意味わかんない」



でも。



画面をもう一度開く。



トーク画面。



さっきのやり取り。



「……」



(別に)



(なんでもないのに)



なんでか、

閉じるのがちょっとだけ惜しい。



「……寝よ」



そう言って、目を閉じる。



でも。



さっきの声とか、

距離とか、

言葉とか。



全部が少しだけ残ってて。



胸の奥が、

ほんの少しだけうるさい。



それが何かは、

まだ分からない。