「じゃあまず、前髪」
美玲さんの声で、椅子がゆっくり回される。
鏡の前。
逃げ場は、もうない。
「……切るんですか」
「切らない」
即答だった。
「活かすの」
「……?」
「いい素材は、消さない」
指が、そっと前髪に触れる。
怖い。
でも。
振り払えない。
「シロ、目閉じて」
「……」
「大丈夫、取って食わないから」
少しだけ迷って。
ゆっくり目を閉じる。
――シャッ、シャッ。
ハサミの音。
髪をすくう感触。
何かが変わっていく。
それが、わかるのに。
見えないのが怖い。
「緊張しすぎ」
くすっと笑われる。
「初めてなんでしょ、こういうの」
「……はい」
「そりゃそうか」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「大丈夫」
ぽん、と軽く肩を叩かれた。
「ちゃんと、いい方向に変えるから」
その言葉が。
なぜか、少しだけ安心できた。
「よし、目開けて」
ゆっくりと、目を開ける。
鏡の中。
「……え」
思わず、声が漏れた。
前髪が、軽くなっている。
完全に上げているわけじゃない。
でも、目元が見える。
光が入る。
顔が、ちゃんと見える。
「ほら」
美玲さんが、顎を少し上げる。
「目、めちゃくちゃ綺麗」
「……」
「隠す意味ないでしょ」
言葉が、出てこない。
これが、私?
知っている顔のはずなのに。
知らない。
「次、メイクいくね」
「……メイク」
「そんな構えないの」
くすっと笑って。
「ナチュラルで十分だから」
指が、頬に触れる。
ブラシが、肌をなぞる。
くすぐったい。
でも、嫌じゃない。
「肌きれいすぎ」
「……何もしてないので」
「それが一番強いのよ」
軽くファンデーション。
ほんの少しの色。
リップ。
「はい、完成」
また、鏡を見る。
――さっきより。
少しだけ、柔らかい。
少しだけ、明るい。
「どう?」
美玲さんの声。
「……わかりません」
本音だった。
「ふーん」
でも、どこか満足そうに頷く。
「まあいいや」
「……?」
「これから嫌でもわかるから」
そのとき。
「……すげぇな」
後ろから、低い声。
びくっと肩が揺れる。
振り返ると。
神崎くんが、少しだけ目を見開いていた。
「別人じゃん」
「……」
「いや、元がいいのか」
じっと、見られる。
昨日とは違う視線。
面白がる感じじゃない。
もっと、まっすぐな。
「……やめてください」
思わず、顔を逸らす。
「なんで」
「……見ないで」
そう言うと。
少しだけ、間があって。
「無理」
前と同じ言葉。
でも。
「今の方が、見たい」
その一言が。
胸に、落ちた。
「……っ」
心臓が、うるさい。
見られている。
でも。
さっきまでみたいに、怖くない。
少しだけ。
――嬉しい、と思ってしまった。
「ほら」
美玲さんが立ち上がる。
「服も変えるよ」
「……え」
「ここからが本番」
逃げ場は、もうない。
でも。
鏡の中の自分を、もう一度見る。
知らない顔。
でも。
少しだけ。
嫌いじゃない。
「シロ」
名前を呼ばれる。
「楽しみなさい」
その言葉に。
ほんの少しだけ。
前を向いた。
――変わることが、怖くなくなるくらいに。
美玲さんの声で、椅子がゆっくり回される。
鏡の前。
逃げ場は、もうない。
「……切るんですか」
「切らない」
即答だった。
「活かすの」
「……?」
「いい素材は、消さない」
指が、そっと前髪に触れる。
怖い。
でも。
振り払えない。
「シロ、目閉じて」
「……」
「大丈夫、取って食わないから」
少しだけ迷って。
ゆっくり目を閉じる。
――シャッ、シャッ。
ハサミの音。
髪をすくう感触。
何かが変わっていく。
それが、わかるのに。
見えないのが怖い。
「緊張しすぎ」
くすっと笑われる。
「初めてなんでしょ、こういうの」
「……はい」
「そりゃそうか」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「大丈夫」
ぽん、と軽く肩を叩かれた。
「ちゃんと、いい方向に変えるから」
その言葉が。
なぜか、少しだけ安心できた。
「よし、目開けて」
ゆっくりと、目を開ける。
鏡の中。
「……え」
思わず、声が漏れた。
前髪が、軽くなっている。
完全に上げているわけじゃない。
でも、目元が見える。
光が入る。
顔が、ちゃんと見える。
「ほら」
美玲さんが、顎を少し上げる。
「目、めちゃくちゃ綺麗」
「……」
「隠す意味ないでしょ」
言葉が、出てこない。
これが、私?
知っている顔のはずなのに。
知らない。
「次、メイクいくね」
「……メイク」
「そんな構えないの」
くすっと笑って。
「ナチュラルで十分だから」
指が、頬に触れる。
ブラシが、肌をなぞる。
くすぐったい。
でも、嫌じゃない。
「肌きれいすぎ」
「……何もしてないので」
「それが一番強いのよ」
軽くファンデーション。
ほんの少しの色。
リップ。
「はい、完成」
また、鏡を見る。
――さっきより。
少しだけ、柔らかい。
少しだけ、明るい。
「どう?」
美玲さんの声。
「……わかりません」
本音だった。
「ふーん」
でも、どこか満足そうに頷く。
「まあいいや」
「……?」
「これから嫌でもわかるから」
そのとき。
「……すげぇな」
後ろから、低い声。
びくっと肩が揺れる。
振り返ると。
神崎くんが、少しだけ目を見開いていた。
「別人じゃん」
「……」
「いや、元がいいのか」
じっと、見られる。
昨日とは違う視線。
面白がる感じじゃない。
もっと、まっすぐな。
「……やめてください」
思わず、顔を逸らす。
「なんで」
「……見ないで」
そう言うと。
少しだけ、間があって。
「無理」
前と同じ言葉。
でも。
「今の方が、見たい」
その一言が。
胸に、落ちた。
「……っ」
心臓が、うるさい。
見られている。
でも。
さっきまでみたいに、怖くない。
少しだけ。
――嬉しい、と思ってしまった。
「ほら」
美玲さんが立ち上がる。
「服も変えるよ」
「……え」
「ここからが本番」
逃げ場は、もうない。
でも。
鏡の中の自分を、もう一度見る。
知らない顔。
でも。
少しだけ。
嫌いじゃない。
「シロ」
名前を呼ばれる。
「楽しみなさい」
その言葉に。
ほんの少しだけ。
前を向いた。
――変わることが、怖くなくなるくらいに。



