人と目を合わせるのが、怖い。
だから私は、いつも前髪を深く下ろして、顔を隠す。
――別に、理由なんて大したことじゃない。
ただ、見られたくないだけ。
見られて、何かを言われるくらいなら、最初から避けたほうがいい。
「……おはよう」
教室に入ると、誰とも目を合わせずに自分の席へ向かう。
クラスメイトの視線が、少しだけこちらを向くのがわかる。
でも、それ以上近づいてくることはない。
――怖いから。
私が。
じゃなくて。
“私が怖いから”
そう思われていることくらい、もうとっくに気づいている。
暗い。無表情。話さない。
そんな私に、近づく理由なんてない。
それでいい。
それで、楽だから。
余計なことを考えなくて済む。
「テスト返すぞー」
先生の声で、教室の空気が少しだけ明るくなる。
答案が配られていく中、私の名前が呼ばれる。
「……また一位か」
小さくざわつく教室。
でも、誰も私に話しかけてはこない。
私はただ、答案用紙を受け取って、静かに机の上に置いた。
満点。
いつも通りの結果。
嬉しいとも、誇らしいとも思わない。
ただ、“これしかないから”やっているだけ。
勉強をしていれば、何も言われない。
ちゃんとしていれば、誰にも迷惑をかけない。
それが、私のルール。
私の生き方。
――それで、いいはずだった。
昼休み。
私はいつものように、屋上へ向かう階段の途中にある踊り場でひとり、お弁当を開く。
ここは人が来ない。
静かで、安心できる場所。
――なのに。
「こんなとこで飯?」
不意に、低い声がした。
びくっと肩が跳ねる。
振り向かなくてもわかる。
この声。
この雰囲気。
――関わってはいけない人。
校内でも有名な、不良。
名前は、たしか……。
「お前、あの有名なやつだろ。ずっと下向いてる」
足音が近づく。
逃げたい。
でも、体が動かない。
「なあ、顔見せてみろよ」
「……っ」
反射的に、顔を隠すようにうつむく。
すると。
ぐい、と顎を掴まれた。
「やめ――」
言い終わる前に、強引に顔を上げられる。
前髪が、はらりと揺れて。
――視界が、開けた。
その瞬間。
「……は?」
目の前の彼が、固まった。
驚いたように、目を見開いて。
まじまじと、私の顔を見つめてくる。
「……お前」
さっきまでの軽い空気が消えている。
「なんで隠してんの、それ」
「……っ」
何も言えない。
言葉が出てこない。
ただ、見られていることが怖くて、手で顔を覆おうとする。
でも、その手を掴まれた。
「もったいな」
「……やめて、ください」
やっと出た声は、小さく震えていた。
「見ないで」
すると彼は、一瞬だけ黙って。
それから。
ふっと笑った。
「無理」
「……っ」
「だって、面白ぇもん」
面白い。
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
やっぱり。
私は、そういうふうに見られる。
変わってるとか、珍しいとか。
そういう対象。
――だから、隠してるのに。
「なあ」
彼が、少しだけ顔を近づける。
「お前、変われるぞ」
「……え?」
「その顔、ちゃんと出したら」
意味がわからない。
ただ、頭が追いつかないまま。
「俺の姉貴、スタイリストなんだよ」
「……?」
「めちゃくちゃ有名でさ」
どこか楽しそうに、彼は言う。
「お前、素材はいいから」
にやっと笑って。
「化けさせてやる」
「……いりません」
即答だった。
これ以上関わりたくない。
変わる必要なんてない。
今のままでいい。
なのに。
「へぇ」
彼は、面白そうに目を細める。
「じゃあ余計やりたくなった」
「……っ」
「逃げんなよ」
そう言って、くしゃっと私の前髪をかきあげる。
また、顔が露わになる。
心臓がうるさい。
「絶対変えてやる」
その言葉は。
まるで宣言みたいで。
――逃げられない予感がした。
その日の放課後。
「なあ姉貴」
スマホを耳に当てながら、男は笑う。
「めっちゃいい素材見つけた」
電話の向こうで、女の声が何かを返す。
「マジで。久々に当たり」
楽しそうに、目を細めて。
「ちょっと手ぇ貸してくんね?」
短い沈黙のあと。
男は、にやりと笑った。
「決まりな」
そして、ぽつりと呟く。
「絶対変えてやるよ」
――あの、つまんねぇ優等生。
だから私は、いつも前髪を深く下ろして、顔を隠す。
――別に、理由なんて大したことじゃない。
ただ、見られたくないだけ。
見られて、何かを言われるくらいなら、最初から避けたほうがいい。
「……おはよう」
教室に入ると、誰とも目を合わせずに自分の席へ向かう。
クラスメイトの視線が、少しだけこちらを向くのがわかる。
でも、それ以上近づいてくることはない。
――怖いから。
私が。
じゃなくて。
“私が怖いから”
そう思われていることくらい、もうとっくに気づいている。
暗い。無表情。話さない。
そんな私に、近づく理由なんてない。
それでいい。
それで、楽だから。
余計なことを考えなくて済む。
「テスト返すぞー」
先生の声で、教室の空気が少しだけ明るくなる。
答案が配られていく中、私の名前が呼ばれる。
「……また一位か」
小さくざわつく教室。
でも、誰も私に話しかけてはこない。
私はただ、答案用紙を受け取って、静かに机の上に置いた。
満点。
いつも通りの結果。
嬉しいとも、誇らしいとも思わない。
ただ、“これしかないから”やっているだけ。
勉強をしていれば、何も言われない。
ちゃんとしていれば、誰にも迷惑をかけない。
それが、私のルール。
私の生き方。
――それで、いいはずだった。
昼休み。
私はいつものように、屋上へ向かう階段の途中にある踊り場でひとり、お弁当を開く。
ここは人が来ない。
静かで、安心できる場所。
――なのに。
「こんなとこで飯?」
不意に、低い声がした。
びくっと肩が跳ねる。
振り向かなくてもわかる。
この声。
この雰囲気。
――関わってはいけない人。
校内でも有名な、不良。
名前は、たしか……。
「お前、あの有名なやつだろ。ずっと下向いてる」
足音が近づく。
逃げたい。
でも、体が動かない。
「なあ、顔見せてみろよ」
「……っ」
反射的に、顔を隠すようにうつむく。
すると。
ぐい、と顎を掴まれた。
「やめ――」
言い終わる前に、強引に顔を上げられる。
前髪が、はらりと揺れて。
――視界が、開けた。
その瞬間。
「……は?」
目の前の彼が、固まった。
驚いたように、目を見開いて。
まじまじと、私の顔を見つめてくる。
「……お前」
さっきまでの軽い空気が消えている。
「なんで隠してんの、それ」
「……っ」
何も言えない。
言葉が出てこない。
ただ、見られていることが怖くて、手で顔を覆おうとする。
でも、その手を掴まれた。
「もったいな」
「……やめて、ください」
やっと出た声は、小さく震えていた。
「見ないで」
すると彼は、一瞬だけ黙って。
それから。
ふっと笑った。
「無理」
「……っ」
「だって、面白ぇもん」
面白い。
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
やっぱり。
私は、そういうふうに見られる。
変わってるとか、珍しいとか。
そういう対象。
――だから、隠してるのに。
「なあ」
彼が、少しだけ顔を近づける。
「お前、変われるぞ」
「……え?」
「その顔、ちゃんと出したら」
意味がわからない。
ただ、頭が追いつかないまま。
「俺の姉貴、スタイリストなんだよ」
「……?」
「めちゃくちゃ有名でさ」
どこか楽しそうに、彼は言う。
「お前、素材はいいから」
にやっと笑って。
「化けさせてやる」
「……いりません」
即答だった。
これ以上関わりたくない。
変わる必要なんてない。
今のままでいい。
なのに。
「へぇ」
彼は、面白そうに目を細める。
「じゃあ余計やりたくなった」
「……っ」
「逃げんなよ」
そう言って、くしゃっと私の前髪をかきあげる。
また、顔が露わになる。
心臓がうるさい。
「絶対変えてやる」
その言葉は。
まるで宣言みたいで。
――逃げられない予感がした。
その日の放課後。
「なあ姉貴」
スマホを耳に当てながら、男は笑う。
「めっちゃいい素材見つけた」
電話の向こうで、女の声が何かを返す。
「マジで。久々に当たり」
楽しそうに、目を細めて。
「ちょっと手ぇ貸してくんね?」
短い沈黙のあと。
男は、にやりと笑った。
「決まりな」
そして、ぽつりと呟く。
「絶対変えてやるよ」
――あの、つまんねぇ優等生。



