いいねの代償

 私の母は、SNSで数万人のフォロワーを持つ有名人だ。
 プロフィールの紹介文にはこう書かれている。

『病弱な息子ヨシヒロと、前向きに生きるシングルマザーの日常。母の愛は奇跡を起こせると信じて』

 私は生まれつき身体が弱い。
 物心ついた時から、週に数回は高熱や眩暈に襲われた。
 学校も休みがちで、修学旅行も体育祭も行けた試しがなかった。

 私が体調を崩すたびに、母は一晩中私の手を握り、献身的に看病してくれた。
 唯一不満だったのは、その様子を毎回撮影してSNSにアップすることだ。
 でも、「撮らないで」なんて文句は言えなかった。
 母はきっと、何千もの「いいね」と視聴者の励ましを力に頑張ってくれているのだろうから。

「ほら、見て。フォロワーのみんなが応援してくれてるわよ」

 スマホを見せながら、私の枕元で優しく微笑む母。
 その笑顔はまるで聖母のようだった。

 ある夜、私は喉の渇きで目が覚めた。
 リビングから、母が誰かと電話で激しく言い争う声が聞こえてきた。

「……だから、無理だって言ってるでしょ! ヨシヒロの容態が安定しちゃったら、支援金も広告案件も減るじゃない!」

 心臓がドクンと跳ねた。

 ――支援金? 安定しちゃったら……?

 私は急いでキッチンへ向かった。
 震える手で戸棚を開け、ずらりと並ぶ瓶を一つ一つ手に取り、確かめる。
 サプリメントの奥に、見知らぬ小瓶があった。
 瓶に書かれた成分をスマホで検索した瞬間、胃の底から熱いものがせり上がってきた。
 思わず口元を押さえたそのとき、足音が聞こえた。
 振り返ると、母が暗闇の中でスマホを構えていた。

「その戸棚は開けてはダメだと言ったでしょう? でも、おかげでいい画《え》が撮れたわ。きっとバズるでしょうね」

 生配信中らしく、母は満面の笑みを浮かべたままスマホを下ろそうとしない。
 私は無言で包丁を手に取った。

 ――きっとこの動画は、母の望み通り、過去最高のバズを記録するだろう。