主人公なんかじゃない

 あのあとごはんを食べて、お風呂に入って、寝て、朝起きたら冷静になって、やっぱり私の見ていた夢だったのかもって思う。
 でも、いい夢を見たあとって、現実の世界もなんだか楽しくなる。
 あーあ、現実に戻っちゃったなってがっかりもするけど、でも少しでも楽しい気持ちになれたことのほうが、しあわせ。
 だって、物語を行き来するなんて。そんなこと、あるわけない!
 夢だよ、夢。夢に決まっている。
 でも……夢だったとしてもいい。かっこいい赤染くんと会話して、カラリスのメンバーとちょっとだけお話して。こんなにも楽しいことはないもん!
 なんなら、夢であるほうが納得感はある。
 いっしゅんでも、いい夢を見られたから、それでいいよね。

「眞緒、なんだか今日はごきげんじゃない」

 休み時間に、リカコが話しかけてくれた。

「ちょっといい夢をみたから」

「えーいいな、うらやましい」

 そういえば……リカコって、物語の中ではあやかしと戦っているんだよね。マルっていう相棒といっしょに。
 夢とはいえ……やっぱり気になる!
 もしかして、ほんとうにあやかしと戦っていたりするのかな?
 聞いてみちゃおう。

「ねぇリカコ。マルって知ってる?」

 マル、という言葉を聞いて、リカコは黙る。そして「え、知らないな」と無表情で答えた。
 ……今の間、ちょっと、あやしくない?
 私があやしんで見ているから、そう感じるだけ?

「やば、あたし宿題忘れたんだった! 見せて!」

 リカコがあわてたように言う。

「え、宿題なんてあった?」

「あったよ! 数学の問題集を解かないと」

 たいへんだ。赤染くんに浮かれて宿題のことが完全に抜けていた。

「眞緒が宿題忘れるなんて、小学生時代からはじめてじゃない?」

「そう、だね。まじめに勉強するぐらいしかとりえがないし……」

 私の自虐に、リカコはまた怒った顔をする。

「またそんなこと言って。自虐している時間がもったいないよ。休み時間は残り十分しかないんだから!」

「はっ! いそいでやろう!」

 私たちは、いそいで問題集をひらく。
 どんなにいい夢を見ても、現実のお勉強からは逃げられないんだよね……。



 授業を終え、家に帰宅。
 今日は、お父さんもお母さんも、帰宅が夜九時くらいになると連絡があった。夕飯は作り置きを適当に食べておいて、とのこと。
 中学校にあがってから、お母さんは仕事の量を増やしたらしくて……夜遅くなることが増えた。
 退屈だな……。昔は、学校で起きたいろんな話をしていたのにね。でも、今聞かれても正直に答えられないかも。「リカコに嫉妬しちゃうんだ」なんてはずかしくて言えないよ……。

 なんだか世界の中でひとりぼっちな気分。

 でも、私には本がある。本の世界にひたれば、楽しくてキラキラした気持ちになれる。

 今日も、『カラリス☆ステージ!』の物語の中に行きたいな。眠ったら、また夢の続きを見られるのかな。
 しんとした一軒家は、ちょっと怖い。戸締りしたよねって確認しながら階段を登る。そして自分の部屋のドアを開けた瞬間、私は思わず「ぎゃー!」と悲鳴をあげた。

 人影! 人影が見えたっ!

 今、ひとりしかいないのに。強盗とか?
 驚いて怖くて苦しくて、私はぎゅっと目を閉じて、その場でかたまってしまった。逃げないといけないのに、いざとなると足がカチコチにかたくなってしまい、動けないよ……!

「眞緒ちゃん、俺!」

 聞き覚えのある声。
 くっついたみたいに離れないまぶたをどうにかはがして、声の人を見ると。

「赤染くん!?」

 私の部屋に、赤染くんがいる。制服姿で、普通に座っている。
 なんでなんでー?
 これも、夢?

「驚かせてごめん、待ちきれなくて来ちゃった」

 えへへ、と笑う顔がかわいすぎる!
 どんな顔をしていても、どんな姿でも、ずーっとキラキラ輝いて見える。ほんのわずかに首を傾けるだけでも、まるでドラマのワンシーンみたいだよ。
 アイドルって、すごいな。
 私がぼうぜんとしながら赤染くんを見ていると、何かかんちがいしたのか両手をぶんぶんと左右に振った。

「勝手に部屋に入るのは良くないかと思ったけど、ほんとうに物語の中に入れるのか不安で、本を開いてしまったんだ。そしたら、眞緒ちゃんの部屋に来ちゃって……あっ! なにも見てないし触ってないから! ほんとうに!」

 赤染くんはさらに、両手をひろげてアピールした。
 その姿がほほえましく見える。

「疑ってないから、だいじょうぶ」

 私の部屋、たいしたものは置いてないんだよね。日記も書かないし、変わった趣味もない。
 また会えてうれしいって、言いたい。夢じゃなかったんだって実感できて、ほんとうは飛び上がるくらいテンションがあがっている。
 はずかしくて、言えないけど……。

「眞緒ちゃん、俺、また会えてうれしい」

 私が言えない言葉を、さらっと言ってくれる赤染くん!

「赤染くん……」

 私に会えてうれしいって……ほんとに、赤染くんの言葉だよね。夢じゃ、ないんだよね。

 どうしよう、照れちゃう!
 私は話を変えるために、『カラリス☆ステージ!』の本を手に取った。

「やっぱり、本を開くとその世界に行けるんだね。夢じゃなかったんだね」

「そうみたい。夢じゃないよ」

 部屋が、しんとなる。
 なにを話そうかな。話したいことはあるんだよ。でも、どきどきしちゃってなにも話せない。
 夢じゃないってなると、すんごく緊張してきちゃうよ……!

「あのさ」

 赤染くんが、もごもごしながら口を開いた。

「なに?」

「眞緒ちゃんて、カラリスのこと、好きでいてくれているんだよね?」

「うん。カラリスは私の生きがいなの! カラリスの物語を読むことで、私は楽しく生きられているの! カラリスがいなかったら……笑顔ですごせていないかもしれない!」

 また、熱をもって語ってしまった。熱くなりすぎかな……。引かれたくないけど、でもカラリスがいるから、私はひとりの家でも楽しく過ごせている。

「うれしい!」

 赤染くんは引いちゃうこともなく、うれしそうにほほ笑んでくれた。
 そして、そうだなぁ……と、考えるそぶりを見せる。

「やっぱ、メンバーに会いたいよね?」

「会いたい!」

 昨日は、わずかな時間しか顔を合わせられなかった。いちばん好きなのは赤染くんだけど、カラリス全員好きだから、会えたらうれしいんだよね。

「じゃあ、俺たちの物語の中に行こう。今、平気?」

「うん! 今日はね、夜九時くらいまで平気なの!」

「じゃあ、ゆっくり『カラリス☆ステージ!』の物語を堪能できるね!」

 私は、『カラリス☆ステージ!』を手に取る。
 ほんとうにまた、行けるのかな。夢じゃないのに、夢のような世界だ。

「じゃあ、いっしょに」

 自然と、体を寄せ合う。私の呼吸が赤染くんにかかってしまうんじゃないかって思っちゃう。自然と息を止めてしまう。

「開くよ」

 『カラリス☆ステージ!』を開いて、ふたりでのぞきこんだ。