主人公なんかじゃない

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 ………………

 自分の部屋に戻ってきていた。見慣れた天井やカーテンが目に入る。
 あれ、やっぱり今までのは夢だったってことかな。
 それはそうだよね、だって赤染くんが三次元になって目の前にいるわけがないもん!
 納得したけど、やっぱりさみしいな。だって、三次元の赤染くんはとってもかっこよかったから。会話をしていてもすごく楽しかった。
 また、会いたいな……。
 寂しい思いを抱えていると、人の気配を感じた。視線を巡らせると……。

「ここが眞緒ちゃんの部屋か」

「って、赤染くん!?」

 私は仰向けに寝ていた体を起こした。勢いよく体をおこしたせいか、頭がぐるんぐるんとまわる。
 三次元の赤染くんが立っていて、私の部屋をきょろきょろと見回している。
 今度は、赤染くんが私の世界に来たってこと?
 ぐるんぐるんまわる世界が落ち着いてきたけれど、それでも混乱はおさまらない。

「眞緒ちゃんの部屋について、物語の中でくわしく書かれていなかったけど、イメージ通りかも」

 赤染くんが、どこか納得したようにうなずく。

「そ、そうかな……」

 私の部屋は、いたってシンプル。大きな家具は勉強机に、ベッド。ベッドの上にはくまのぬいぐるみがある。そして本棚には……。

「これが『カラリス☆ステージ!』か! 見てもいい?」

 赤染くんが、本棚を前に目を輝かせている。
 すんなり、この世界になじんでいる。すごいな。
 もうちょっと、「夢かな?」とか怪しんでほしいんだけど。

「あ、うん。一巻は……ベッドの上にある」

 『カラリス☆ステージ!』の世界に入る直前に読んでいた一巻は、ベッドの上に置いたままだった。
 赤染くんが本を手に取ってラグの上に座り、本の表紙をまじまじと見る。
 私は、赤染くんに手を伸ばせば届く隣に座る。あんまりにも近づくのは、心臓がもたないもん!

「これが、俺? すっごい髪の毛の色」

 一巻の表紙は、赤染くんをセンターにカラリスのメンバーがこちらに笑顔を向けているイラストなの。髪の色は、それぞれ赤・黒・ピンク・紫・黄色に描かれている。

「実物は、普通に黒髪なんだね」

「イラストとは違うみたいだ」

 ふふっと笑って、私を見つめる赤染くん。
 たわいない話をして、見つめあって、笑いあって……。
 赤染くんと、こんな時間を過ごせるなんて夢みたい。やっぱりこれは夢なのかな?
 小説の中よりも、さらにさらに素敵な赤染くん。こんなことが、私の人生にあるなんて。
 うれしそうにはずかしそうに本の表紙を見つめる赤染くんの横顔は、とてもきれいだった。長い前髪が目にかかっていて、それがミステリアスな雰囲気になっている。
 フィルターがかかっているみたいに、赤染くんはキラキラと輝いて見えた。
 あんまり、見つめすぎちゃいけないよね。私は視線をさげて、本の表紙に注目する。

「『カラリス☆ステージ!』は、どんな話なんだろう?」

 赤染くんが本を開こうとしたとき、私ははっとなる。

「待って赤染くん! 開いちゃダメ!」

 赤染くんは手を止めて、驚いたように私を見る。

「どうして?」

「『カラリス☆ステージ!』を開いたら赤染くんはもとの世界に戻っちゃうんじゃないかな……。私が『カラリス☆ステージ!』の世界に行ったときも、さっき『ひまわりダイアリー』を開いたときも、物語の中を移動しているってわけで……」

「あ、そっか。あぶないあぶない」

 もとの世界に戻るのは、いいことではあるけど……もう少し、赤染くんとお話したいよ。

「どうして、物語を行き来できるようになったか、赤染くんは知ってる?」

 私の問いかけに、赤染くんは首を振る。

「わからないけど……。眞緒ちゃんはさ、カラリスのことを好きでいてくれているってこと、だよね」

「もちろん! カラリスは、私のすべてだよ」

 私のすべて、という言葉に、赤染くんは照れたように笑う。

「俺も、『ひまわりダイアリー』の物語が大好きだから。その気持ちが通じたのかもね」

「そうだったら、いいな。私ね、赤染くんがクラスにいたらいいな。赤染くんがアイドルをしている世界にいけたらいいな。カラリスのコンサートを見ることができたら……だったらいいなってずっと思ってた」

 私の言葉に、赤染くんが「えっ」と小さい声でつぶやく。
 どうしたの、と顔を見ると、きれいですべすべのほっぺがどんどん赤くなった。
 照れてる? 私、なにか言った?

「えっと……眞緒ちゃんって、カラリスの中では……だれが好きとか、あるの?」

「私は赤染くんが好き!」

 と言いたいところだけど……本人に直接好きって言っていいのかな?
 握手会で会って「好きです!」「応援してます!」というのとは、ワケが違うような気がして。
 ふたりっきりのときに言ったら、愛の告白みたいになるのでは!?

「好きなメンバーは……その……」

 どうしよう、言ってもいいのかな。
 アイドルって「好き」って言われることなんてよくあることだから、いちいち反応しない……はず。
 好きって言われても、余裕の笑顔で「ありがとう」って言うだけだよね。言われ慣れてるもん。
 言って、だいじょうぶだよね?

 好きって気持ち、伝えよう!

 私が、赤染くんの名前を口にしようとしたところで。

「眞緒ー! ごはんだよー!」

 赤染くんに話しかけようとしたら、一階からおかあさんの声が聞こえてきた。
 時計を見ると、夜の七時。学校から帰宅して、三時間ほど経過していたみたい。
 赤染くんが、はっとした顔をする。

「もとの世界に戻らないとね」

 赤染くんが、『ひまわりダイアリー』を手にした。
 もう、お別れ。また出会える保障なんてない。もしかしたら、これで最後になっちゃうかも。
 イヤだ。赤染くんに会えないんじゃないかって思ったら、急に怖くなった。
 実物に会ってしまった以上、文章とイラストに会えるだけじゃ……。

「眞緒ー? 寝てるのー?」

 お母さんの声が聞こえる。
 赤染くんとお別れしたくない。
 でも、親に怪しまれたくない、今の状況を見られたくない!
 あわてる私をちらりと見て、赤染くんが口をひらいた。

「きっと、また会える。また会おう」

 その顔は自信に満ちていた。
 絶対にまた会えるって心の底から信じている表情。
 根拠もなにもないけれど……でも、そう信じてくれているっていう強さが、私を安心させた。

「う、うん!」

 私たち、きっとまた会えるよね。

「眞緒ー、寝ているの?」

 お母さんが階段を登ってくる音が聞こえる。
 部屋に来ちゃう!
 赤染くんが、本をひらく。そのとき私をじっと見て、ためらいがちに口を開いた。

「俺は、『ひまわりダイアリー』の中でいちばん………………」

 キラキラとした光が赤染くんを包む。眩しくて目を閉じてしまった。
 まぶしさがなくなってゆっくりと目を開くと……そこにはだれもいなかった。ただ、『カラリス☆ステージ!』がラグの上にぽつりと置いてあるのみ。
 消えちゃった……。
 でも最後、なんて言ったんだろう? 聞こえなかったよ~!
 部屋のドアがトントンとノックされる。お母さんだ!
 返事をする前にドアが開いた。勝手なんだから……!

「眞緒、起きているなら返事くらいしなさい。て、制服のままなにしているの?」

「あ、えっと。本を読んでいたら夢中になっちゃって」

 お母さんが「ふーん。ごはんの時間だよ」と言って、階段をおりていった。
 はー、あせった! 見られなくてよかったよ。だって、部屋にこんなかっこいい男の子がいたらびっくりされちゃうよ。
 私は、床に落ちた『カラリス☆ステージ!』を手に取る。
 表紙の赤染くんは、かっこいい笑みで私を見つめている。本物のほうが、圧倒的にかっこよかったけどね。
 また、会えるかな……。会える、って言ってくれたけど、信じていいのかな。
 でもきっと……思いが伝わればまた物語の世界を行き来できるよね?
 この不思議な現象を、私はまだ信じ切れていない。

 でも、赤染くんが「また会おう」って、はっきりと言ってくれたから。

 自分の気持ちは信じられなくても、赤染くんの言葉は、信じたい。