主人公なんかじゃない

「とりあえず、ほかの人もすぐ帰ってくるから、リビングで待っていて」

「あ、うん」

 赤染くんは、私をリビングへと案内してくれた。

「適当に座って」

 リビングのソファを指さして、キッチンに向かう。といっても、対面型キッチンだからお互いよく見えるんだけどね。
 キッチンで動く赤染くん。その姿がかっこよくてきれいでキラキラしている。まるでドラマとかミュージックビデオのワンシーンみたい。この姿を私がひとりじめしているなんて信じられないよ!
 一生見ていられるけど、じろじろと見るのは申し訳ないから目をそらした。
 イラストなら、何時間見ていても気にしないでいられるんだけどな。

「リンゴジュース、どうぞ」

「ありがとう」

 透明なコップに入ったリンゴジュースをくれた。
 赤染くんからリンゴジュースを手渡された。すごい、こんなことってあるんだ。
 私は両手で大切に持ち、飲んだ。おいしすぎる~! こんなにおいしいリンゴジュースははじめてだよ。
 赤染くんが私の隣に座った。
 そのまま、私をじーっと見る。
 見られている……。やっぱり、不審者だと思われた? よね。
 追い返されてもいい。リンゴジュースをもらっただけで、もう思い残すことはないもん!

「あの……」

 赤染くんが口を開く。

「な、なに?」

「どこかで、会ったことある?」

 思っていたのとはちがう言葉。

「えっと……ないと思います、けど」

「そう、かな」

 不思議そうに、私の頭からつま先まで見る赤染くん。赤染くんが、私を凝視している!
 その時、赤染くんが私の制服のスカートに目を止める。私の中学校の制服のスカートは、グレー地にピンクのチェック柄ですごくかわいいんだよ。
 その珍しいスカートを見て、赤染くんはあらためて私の顔を見る。
 色素の薄い目のまわりを長いまつげが縁取っている。こんなにまつ毛が長いんだ。瞳は常にきらきら輝いていて、宝石よりもきれい、かも。
 そんな目で見られ続けたら、おかしくなっちゃうよー!
 赤染くんは、はっとしたように宝石みたいな目を見開き、口をひらいた。

「間違っていたらごめん」

「な、なに?」

「きみは……月影(つきかげ)眞緒ちゃん?」

 びっくりしすぎて、息が止まった。

「どうして、私の名前を……?」

 すると、赤染くんがにこっと笑った。その場がぱっと明るくなるような笑顔。
 どういうこと?

「俺、きみの物語を知っている」

 そんな物語はないはず。だれかと間違えているとか? でも、フルネームがいっしょなんてなかなかない。月影って名字も珍しいし……。

「それって、どういう物語なの?」

「モデルをしている陽田リカコちゃんが主人公の物語だよ」

 リカコが主人公……ってことは、私はやっぱり脇役なんだ。
 やっぱり、主人公にはなれないみたい。とうぜんだよね、地味な私より華やかなリカコが主人公にぴったり。
 どんな物語なのかと尋ねる前に、玄関のほうが騒がしくなった。
 どたどたと廊下を歩く足音。

「ただいまー! って、お客さん?」

 かわいい顔の男の子が部屋に入ってきた。きっと、中学三年生の桃原ハルトくんだ。カラリスの中では、あざといキャラで人気の子だよ。

「え、彼女連れ込むのはまずくない?」

 続いて入ってきたのはたぶん、しっかり者の最年少の黄川田ミナトくん。私と同じ中学一年生なのに、クールなツッコミ役。
 って、彼女! 彼女だって!
 一瞬でも彼女だと思ってもらえたことだけで、幸せすぎる。身に余るお言葉~!

「彼女じゃないよ。えっと、俺の親戚の、月影眞緒さん」

 冷静に、赤染くんが言う。それは、そうだよね。一瞬でも「彼女」って言葉に浮かれてしまって恥ずかしい。

「へー。よろしくね眞緒ちゃん。僕は桃原ハルト!」

 桃原くんが、親し気な笑顔を向けてくれた。
 知ってます~とは言えず、私ははじめましてのリアクションをした。

「桃原くん、よろしくお願いします!」

「僕のことはハルトって呼んでー!」

 桃原くん、物語のイメージどおりのかわいくて明るい人。ミルクティーみたいな明るい髪色がすごく似合っている。

「でも、なんでここに?」

 黄川田くんが、怪しむように私を見る。それはそうだよね。なんで赤染くんの親戚がここにいるの? って。
 助けを求めるように、赤染くんを見る。
 赤染くんは、小さくうなずいて口を開いた。

「実は、眞緒ちゃんのご両親が仕事で家を空けることになって。心配だから、様子見てくれないかって頼まれているんだ」

 それっぽいウソに、黄川田くんも「ふーん」と納得してくれた。ちょっと、怪しんでいる顔はしているけど……。
 それにしてもすごいな赤染くん。とっさにいろいろな言葉が浮かんでくるなんて。
 また、玄関のほうが騒がしくなった。ほかのメンバーが帰ってきたみたい。

「ただいまー……って、女子がいるいんだけど!?」

 中学三年生、お調子者のリーダーの黒島タイガくんが、大きなリアクションで驚いている。
 その後ろから来た中学二年生の柴村シオンくんが、さっと黒島くんの後ろに隠れる。

「知らない人がいる……」

 人見知りなんだよね、柴村くんは。メンバーにしか心を開かない。
 赤染くんは、二人にもさっきと同じ説明をした。
 これで、カラリスのメンバー全員が私の目の前に。イラストじゃなくて、三次元で。
 イラストとはちょっと違うけれど、特徴も雰囲気も声も、なんとなくイメージと合っている。

「眞緒ちゃん、ゆっくりしていって。それにしてもおかなすいたー! お菓子食べよーっと!」

「僕も、食べる……」

「みんな、夕飯食べられる程度にしておきなよ」

「だいじょうぶだ! いくらでも入る!」

 メンバーは、みんなそれぞれリビングでくつろぎだした。
 圧巻。ここにいる全員、見た目がいい。

 正統派王道イケメンの赤染イオリくん。
 かわいくてムードメーカーの桃原ハルトくん。
 最年少なのにクールな黄川田ミナトくん。
 人見知りで子犬っぽい柴村シオンくん。
 元気なリーダーの黒島タイガくん。

 目の前で、カラリスの五人がおしゃべりしながら、ジュースを飲んだりお菓子をあけたりしている。

「眞緒ちゃんも食べるー?」

 ハルトくんが、ポテトチップスの袋を差し出してくれる。
 食べていいのかな……カラリスのハルトくんが渡してくれるお菓子なんて、神々しすぎない?

「遠慮はいらないよー!」

 ハルトくんのかわいい笑顔に、私もつい笑顔になる。

「あ、ありがとう。じゃあいただきます」

 袋に手を入れて、ポテトチップスを一枚つまみ、口にする。これまでで一番おいしい。
 やっぱりこれ、夢じゃないよね。夢にしてはリアルっていうかなんていうか……物語の中に入った、っていう表現がぴったりする。
 じゃあ、私がいた世界では、今の私はどうなっているんだろう?
 私は存在している? どこかに消えちゃって、家族が心配している?

 そもそも、元の世界に戻れるの?

 そう考えると、怖くなってきた。
 憧れのカラリスのメンバーが目の前にいるのはうれしいけど、でも家族と会えなくなるのはイヤ。リカコに会えないのもイヤ。
 夢じゃなくて現実だったらどうしよう、不安になってきた。

「だいじょうぶ?」

 赤染くんの声で、はっと意識を戻す。
 急に黙っちゃった私に、声をかけてくれた。

「知らない家に来て疲れたよね。俺の部屋で休んでいいよ」 

 私の返事を待たず、赤染くんが立ち上がる。
 別に疲れてないんだけど……と言おうとしたけど、赤染くんがわずかに私に目くばせした。そっか、物語の世界のことを聞きたいのかも。
 それにしても……俺の部屋って言ったよね。私が、赤染くんの部屋に行くってこと?
 パニックになっている間に、赤染くんはメンバーに状況を説明した。

「みんなゴメン。眞緒ちゃん、疲れているみたいだからちょっと部屋で休んでもらう」

「そうだよね、騒がしくしてごめん」

 一番騒いでいたリーダーの黒島くんが、急に神妙な顔つきになる。

「ゆっくり休んでねー!」

 ハルトくんが手を振ってくれた。柴村くんはうつむいたまま黄川田くんにぴったりくっついている。黄川田くんが軽く手をあげて私にあいさつしてくれた。
 みんな、すごく優しい。何者かよくわからない私に気をつかってくれる。小説の中以上に、とってもいい人たち!

「ありがとう、じゃあ少し休むね」