主人公なんかじゃない

 私の言葉に、赤染くんがとまどったように視線をきょろきょろと動かしている。
 やっぱりイヤだよね……。アイドルなのに、女の子に告白されること自体、迷惑だよ。しかも、脇役からだなんて。
 赤染くんは、汗にぬれた髪をぐしゃぐしゃとかいた。

「てっきり、ほかのメンバーのだれかのことが好きなんだと……俺とぜんぜん目が合わないし」

「それは……! 好きだから、照れて目を合わせられないだけで……」

「えと、『ひまわりダイアリー』で、その、私が好きってエピソードは、なかった?」

「なかったよ。だから、なんだか信じられなくて」

「ほんとうだよ! 好きだよ!」

 何回も、好き好き言っていて恥ずかしい!
 もう、言いたいことは言ったから帰りたい!
 二度と会わないと思って、言ってしまった言葉だもん。恥ずかしすぎるよ……。

「じゃ、じゃあ私は帰るね」

 よい返事なんて期待できないし、もう帰ろう。
 くるりと赤染くんに背を向ける。リカコのもとに戻ろう。

「待って」

 歩き出そうとしたとき、赤染くんが私の手をにぎった。
 振り向くと……耳まで真っ赤になった赤染くんが、私を見つめていた。
 え、手をつないでる……?
 どうして? 脇役の私に、なんの用?
 戸惑っていると、赤染くんは決意を固めたように顔に力を入れて口を開いた。

「俺だって……俺だって眞緒ちゃんがいちばん好きだ」

 思いもよらぬ言葉に、私は息が止まる。
 好き、って。でもそれは……。

「それはその……友だちとして、ってことだよね?」

 赤染くんは、首を横に振る。

「女の子として」

 えええー! 女の子として、って……恋愛感情ってこと?
 ウソだよ!

「で、でも赤染くんだけ、下の名前で呼んでいいって言わなかったし……」

「……呼びたくないって言われたら、ショックだし……」

 赤染くんにも、ネガティブなところがあるんだな。呼びたくないなんて、言うわけがないのに!
 赤染くんは、はずかしそうにしながらも、しっかりと私の目を見てくれている。
 なんてまっすぐな目なんだろう。

「現実の女の子に恋できないけど、物語の中の子なら、ファンの子を気にすることなく好きになれた。ずっと、眞緒ちゃんのことを想って、アイドル活動をがんばってきた」

 信じられないセリフが、赤染くんの口から出てくる。これこそ、夢じゃないの?
 でも握られた手が熱くて。
 ほんとうなのかも、って思えてくる。

「……私は主人公なんかじゃないのに、どうして見つけてくれたの?」

「俺にとっては主人公だよ。物静かだけど、いつも明るくて優しくて、リカコちゃんのよき理解者で。こんな子が隣にいてくれるリカコちゃんは幸せ者だって、読むたびに思っていた」

「うそ……」

 脇役の私を、見ていてくれる人がいたなんて。

「だからまた、俺に会いに来て。今日はライブで眞緒ちゃんを幸せにしたから、今度は俺のことを幸せにしてほしい。隣にいて笑ってくれたら、俺は幸せだから」

 私が、幸せにする? 赤染くんを?

「アイドルでもないのに、そんなことができないよ」

「できるよ。どんな人も、誰かにとってのアイドルで、主人公なんだよ。ステージ上にいなくても」

 赤染くんは、真剣な表情で言う。
 私が、赤染くんにとってのアイドルで主人公?
 そんな風に言われるなんて、信じられないよ。

「え、っと……私でよければ……。アイドルはむずかしいけど、赤染くんを幸せにするために、がんばるよ」

 具体的になにをがんばるかは……これから考える。

「約束」

 赤染くんが、小指を差し出す。

「うん」

 私の小指と、赤染くんの小指が結ばれる。
 あったかい。血の通った指。赤染くんはたしかに生きているんだね。
 離したくないよ、この指を。
 遠くから聞こえる「眞緒~助けて~!」というリカコの声で、小指の力がゆるむ。

「戻らないと」

 カラリスのシェアハウスに戻り、赤染くんの部屋で本を開いて、自分の物語へ帰るんだ。
 これが、赤染くんと会える最後かもしれないけれど……後悔はないよ。

「ばいばい、眞緒ちゃん。また会おうね」

「赤染くん、ぜったいにまた会おうね」

 離れがたくて、小指を離したくなくて。でも、少しずつ私たちの小指は離れていった。

 きっとまた会えると信じて。


   *


「眞緒~? それ、『カラリス☆ステージ!』の新刊?」

 休み時間、本を読む私にリカコが話しかけてきた。いつもの赤いカバーをかけているから表紙は見えないけれど、『カラリス☆ステージ!』であることはお見通し。

 そう。私は『カラリス☆ステージ!』を読んでいる。

 本を開いても向こうの世界に行くことなく、文章を読めているんだ。

「うん、十五巻は、日本武道館のライブの様子も描かれているよ」

「え、あたしも出てくるかな」

 少しおどけたリカコの声に、私は笑顔になる。

「出ないよ~」

 私は本を閉じて、カバンにしまう。リカコがいるときは、本を開かない約束だからね。
 物語を行き来しているときはできなかった、『カラリス☆ステージ!』を読むということ。
 本を読めるってことは、物語を行き来できなくなったって、思うでしょ。
 でも、思い出して。カラリスの家の防音室で本を開いても、物語を行き来できなかったことを。
 そう、私と赤染くんの部屋じゃないと、本を開いてもその物語には行けなかったよね。
 私はすっかり忘れて、本を開くことはできない! って思っていたんだけどね。つまり、私の部屋以外ならいつでも『カラリス☆ステージ!』が読めるってこと!
 いつでも、赤染くん――イオリくんに会える。三次元のイオリくんも好きだけど、二次元のイオリくんも大好きなままなんだ。

「で、赤染くんとはどうなの」

 ニヤニヤと、リカコが尋ねる。あの日以来、リカコには『カラリス☆ステージ!』を全巻貸してあげたの。すっかりシオンくんにハマっている。
 『カラリス☆ステージ!』の話ができるようになって、私はすっごくうれしいよ!

「なに、ニヤニヤして。言いなさいよ~」

 リカコが、私の両方のほっぺをむにむにしてくる。

「えー、ひみつだよ~!」

 現実の男の子と女の子じゃないから、好きって言いあえる。
 私はリアルな男の子が苦手。イオリくんは、アイドルだから女の子のことを好きになっちゃだめ。
 だからこそ、私たちは思いあえる。

 主人公アイドルと脇役のひみつの恋、ひそかに進行中です。


終わり