主人公なんかじゃない

   *

 土曜日はお昼にマックを買いに行ってから家に戻り、リカコと思う存分しゃべった。


「来週から、どんなお仕事するの?」

「雑誌の撮影と、バラエティ番組のロケがあるの」

「え、バラエティ番組?」

「そう。遊園地でいっぱい遊ぶ的な」

「すごい。おしゃべりも上手だもんね」

「えーそうかな~。ま、それが終わったら今月はお仕事なし! 土日もあいてるよ。眞緒が言うほど売れっ子じゃないの」

「じゅうぶん、売れっ子だよ。学業も優先してもらっているんでしょ」

「まーね。べつに勉強したくないけど!」

 普段はモデルの仕事ばかりだけど、バラエティ番組にも呼ばれるようになったんだね。
 そういえば、赤染くんが読む『ひまわりダイアリー』はあやかし事件を解決するとか言っていたな。マルっていう相棒といっしょに。
 実際は、あやかし退治しているのかな? 前に「マルって知ってる?」って聞いたときのリアクション、あやしかったし。
 ……赤染くんは、リカコに会いたいのかな。どうなんだろう。リカコに会ったら私なんてもう目に入らないよね。

「どした、ぼーっとして」

「な、なんでもない!」

 いけない、リカコと遊んでいるのに。すぐ赤染くんのことを考えちゃう。
 話題を変えよう。

「リカコがウチにくるの、久しぶりだね」

「そだね~。小学生のときは、週の半分は来ていた気がする! あ、食べ終わった? ゲームしよ!」

 マックの袋に包み紙などをまとめる。そして、お母さんが用意してくれたお菓子やジュースをお盆のままラグの上に置き、小さな簡易テーブルにスイッチのディスプレイを置いてリモコンを手にした。
 そういえば……カラリスのシェアハウスでもゲームやったな……。すっごく大きなテレビで。みんな、元気かな……。

「ちょっと眞緒? またぼーっとして」

「あ、ごめん」

 ゲーム画面は、私がAボタンを押さないと先に進まない状態になっていた。
 いけない、すぐカラリスのことを考えちゃう。

「ごめん、ちょっとトイレ!」

 気持ちを切り替えるためにも、いったん頭を冷やそう。

「ごゆっくり~」

 リカコが手をひらひら振る。

「やだぁ、トイレでゆっくりはしないよ。すぐ戻るから」

 笑いながら、私は二階のトイレへ。そうだ、飲み物のおかわりも持っていこう。
 一階に行って、冷蔵庫からペットボトルのジュースを手にとり、二階の部屋へ戻る。
 自分の部屋ではあるけど、一応ノックしてから部屋をあけると……。

「おかえり~」

 リカコが、手に『カラリス☆ステージ!』を持って立っていた。
 その瞬間、頭がまっしろになる。
 なんで手にしているの?
 いつも私の本になんか興味ないのに。
 開いたら、カラリスの世界に繋がってしまうのに。

「眞緒が好きな物語って、どんなのか気になって。読んでいい?」

 私の返答を待たず、リカコは今まさに本を開こうとしている。
 本を開いたら……向こうの物語の中に行ってしまう! 赤染くんとリカコが会ったら……私なんて、ほんとうに脇役になっちゃうよ。

「ダメ、見ないで!」

 私は手にしていたペットボトルから手を離し、『カラリス☆ステージ!』をリカコから奪った。
 ペットボトルが落ちる。ゴン、というにぶい音が、部屋に響いた。
 絶対に、向こうの世界に行ってほしくなかった。
 はぁ、はぁ、と私の荒い呼吸が部屋に響く。

「え……なに?」

 リカコは、目をきょろきょろとさせて私を見ている。

「見たら、ダメ」

「どうしてよ!」

 この状況をどう説明したらいいかわからないし、なにより……赤染くんがリカコを見たら、きっと好きになっちゃう。読んでいた物語の主人公が目の前に現れたら……私みたいに、感激するに違いない。
 それは、ぜったいイヤだった。だって、リカコにはどうしたってかなわない。
 気が付いたら、『カラリス☆ステージ!』を胸に抱いていた。

「ちょっと眞緒……そんなにカラリスがだいじ? 触られたくない?」

 リカコの、冷めたような口調にはっとなる。

「ごめん、そういうことじゃなくて、あの」

「じゃあどういうこと? 説明してよ」

 すごく怒っている。いつも笑顔で明るいリカコが、こんな風にイライラしているのを見るのははじめてだった。

「えっと……」

 説明なんてできない。本を開いたらその物語の中に入ってしまうから。でも、それだけなら、言える。リカコなら信じてくれるかもしれない。
 でも、赤染くんがリカコを好きになってしまうから連れていきたくない。そんなこと、言えない。言いたくない。
 私の気持ちも知らず、リカコはわざとらしくため息をつく。

「勝手に触ったのは悪いけど、そんなにキツく言われること? やっぱり、あたしより二次元のアイドルのほうがだいじなんだね」

「ちがうよ……」

 ちがうけど、どうちがうかは説明できない。私は口ごもってしまう。
 はあ、とリカコがまた大きなため息をついた。

「あたしが学校に行ってもさ、本ばかり読んでて自分の世界にはいりこんでて。ぜんぜんおしゃべりしてくれないじゃん」

 リカコの怒りがどんどん増していく。リカコのことが怖いと思ったのははじめてだ。

「ずっとずっと、がまんしてた。眞緒には眞緒の楽しみがあるし、あたしがどうこう言うのはちがうって。でも、ひどいよ。あたしはカラリス以下なんだね!」

 そんなわけないって、きっと『カラリス☆ステージ!』の物語の中に行く前だったら即答できた。
 でも、物語の中で生きている赤染くんに出会ってしまった。
 文章とイラストで見る以上に、すてきな男の子だった。私にとって赤染くんも大切な人になりつつある。
 でも――比べることじゃない。リカコが大切なお友だちであることはゆるぎない。
 いつも隣にいてくれて、いつも笑わせてくれて、ネガティブになりがちな私を明るいほうに導いてくれて。
 私にとって、リカコはずっとずっと大切な友だち。
 そして赤染くんは、あこがれの人。
 比べるところじゃないのに、いっしゅんでも、赤染くんと比べてしまった。
 うまく、言葉が出てこない。

 「カラリス以下じゃない、リカコは大切な友だち」と口を開く直前、リカコは顔をゆがませた。

「わかった、もういいよ」

 リカコは私の顔を見ず、そのまま部屋を出て行った。
 ちがう、けど、ちがわない。
 どっちも大切なだけなのに。
 追いかけられない。追いかけても、なにも言えない。
 赤染くんは、メンバーを信じてすべて話そうとしてくれたのに。私は赤染くんやリカコを信用できなかった。