『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました

『ちゃんと洗ってある。返さなくていいから、使って』

『あ、ありがとう……』

 淡いブルーのハンカチを、申し訳なさを覚えつつ受け取る。

『大切な話、打ち明けてくれて嬉しかった。もちろん、誰にも言わないから』

 目尻の涙を拭いながら、彼に伝えられたのは自分の正直な気持ちだけだった。下手な慰めや気休めの言葉は、あまりにも軽く思えて口にできなかった。

『俺こそ、聞いてくれてありがとう』

 航生は早口で言うと、無造作に前髪をかき上げた。その拍子に普段は隠れていた顔が露わになる。涙で視界は滲んではっきりとは見えないが、輪郭や眼鏡の奥の瞳がとても綺麗に見えた。

『島君、前髪あげて眼鏡外したら実はすごいイケメンだったりする?』

 泣いているのが恥ずかしくて紗月はわざと話題を変える。すると航生は『自慢できる顔じゃない』と言って素早く髪を元に戻した。

『でも、いつか……』

 独り言のような彼の声はそのまま風に流れていく。ふたりはしばらくベンチで並びながら無言で冬の空を見上げた。




 たゆたう意識の底で、懐かしく悲しい思い出に浸かっていた紗月は、ゆっくりと瞼を開ける。

(……あれ、もしかして朝?)