『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました

 航生の母、そして航生自身も紗月には想像がつかないような辛い思いをしてきたに違いない。その分幸せになる権利があるのに、神様はなんて酷い仕打ちをするのだろう。

『いきなり、こんな重い話をされても困るよな』

『そんなこと、ない……』

 紗月は声を震わせながら頭を何度も横に振る。

(島君、こんなに大変な状況なのに、私の勉強につきあってくれてたんだ)

 紗月はどれだけ自分の視野が狭かったか思い知る。

 家族との行き違いを気にして零した愚痴なんて航生にしたら、くだらなかったに違いない。

 家族が健康で仲良く暮らしていられるだけで、これ以上ない幸せなのに。紗月はその当たり前を、いつの間にか忘れてしまっていた。
 まだ開けてもいないココア。だいぶ冷えてしまった缶を握りしめながら、紗月の目からポロリと涙が零れた。

 航生が息を詰める気配がした。

『ご、ごめん……私が泣くなんてお門違いだよね』

 一番辛いのは航生だ。他人が安っぽい感情で泣くべきではないし、彼が同情されたくないのもわかっている。でも、どうしても涙が止められない。

 慌てて制服のポケットを探っていると、目の前にすっとなにかが差し出された。