『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました

 航生は静かにうなずいて説明を続けた。彼より三つ年上の異母兄の理仁は本妻の子であるにも関わらず、航生たち親子を同情し気にかけてくれていたらしい。

(さっきお兄さんが『ここに来たのは誰にも言わないで』って言ってたのは、お見舞いに来ていたのをお兄さんのお母さんに知られたくなかったんだ。でもよかった。ひとりでも島君やお母さんの味方になってくれる人がいて)

『たしかに優しく見えた。お兄さん素敵な人だね』

 理仁の柔和な表情を思い出してホッとする紗月。航生は少しの間を置いて口を開いた。

『母さん、だいぶやつれていただろう――胃がんで、もう長くないんだ』

 澄んだ空気に航生の感情のない声が吸い込まれ、消えた。

『え……』

 紗月は目を見開いてゆっくり隣に視線を移す。

『春先に異変に気づいて検査したけどすでに転移してて……手遅れだって』

 航生は前を向いたまま、微動だにしない。

(そんな……)

 これからもこの子と仲良くしてね、と言って目を細めた航生の母の綺麗な顔立ちを思い出して、胸がつぶれそうになる。