伊東夢子さんを捜しています

『伊東夢子さんを捜しています』ネットの古いスレで「絶対に検索してはいけない」と書かれていた動画の話だ。
友人の家での夕食後、オレは話しはじめた。食事は全部オレがスーパーで買ってきたもの。中学から続くこの関係からいまだ抜け出せていない。

伊東夢子が失踪したのは、春先の昼下がり。
家族仲には特に問題なし。翌朝、リビングのテーブルには、その日の予約の入った夢子の診察券。

夢子は足音もたてず、おとなしいが、時折夜中に抜け出す癖があったらしい。
家族は対策を立てずにいた自分たちを責め続けたとのことだ。
好物は魚。とはいえ、生魚は苦手でツナ缶に目がなかった。
日の当たる窓際のクッションで昼寝するのも日課だった。

「は? 待てよ、ネタ? 猫だろ?」奴がニヤニヤ笑った。
「俺、猫、嫌いなんだよ、キモいだろ」

「まあ聞いてくれ。本当に怖いところはここからだ。実は『伊東夢子さんを探してます』じゃなくて、『伊東夢子さんが……探してる』って話なんだ」

数年後、夢子は遠くの街で保護された。老夫婦によると、彼女は最後にこう語ったという。
『……あの匂い、まだ覚えてる』

「猫が喋ったってのかよ」友人が鼻で笑った。
瞬間、明かりがバチリと弾けて消えた。暗闇に生臭い匂いが漂い、ペチャ、ペチャ……と床を舐める音が這い寄ってくる。

冗談だろ……って、奴の声が裏返った瞬間——
その足首を掴んだのは、冷たく湿った人間の手だった。
四つん這いで這い上がり、首を異様な角度にねじ曲げて見上げる女。濡れた髪の奥で、両目だけが爛々と縦長に光っている。
女は俺を一瞬だけ見た。その目は、昔俺が助けようとしたあの野良猫と同じ、澄んだ色をしていた。

「夢子さんは足音がしない。自分をいじめた奴の匂いは、何年経っても、どんな姿になっても分かるらしい」
「そんな話、信じねぇよ。死にぞこないめ! 殺してやる!」
奴の言葉は、歯がカチカチいっていて聞き取りにくかった。
腰を抜かし這いつくばりながら、そいつは台所へ包丁を取りに行った。
オレはそれをながめながら、ぼんやりと思った。夢子さんはもう死んでるんだから、包丁は役立たないよなぁ。

翌朝、友人は姿を消した。
誰もその行方を探すことはないだろう。家族すら。掲示板のコメント欄に最後に書き込んだ。

夢子さんたちは、今も探しています。
その人の匂いも、もう知っています。