青すぎる空に、君がいた。 ―孤独な私の体に棲む、五人のヒロイン


 文化祭終了のアナウンスとともに学校を飛び出し、江戸川に向かう。
 後夜祭と恒例フォークダンスには参加しない。

 小走りが駆け足になり、堤防のコンクリートを一気に駆け上がる。
 バッグを脇に置き腰かけ、息を整えた。

 目をつぶり、『出てきて』と念じる。

 制服のブレザー姿の女子が五人並んだ。

 私たちは申し合わせもなく立ち上がり。
 お疲れ様、完璧ダネ、みんな頑張りましたわ、グッジョブ、あーおわった~とめいめいハイタッチを交わす。

スイ「アイ、お前なあ、ぶっつけでムチャぶりすんなよ!」
アサギ「ほんとほんト。いきなりステージに放り出された時はたまげたヨ」
ルリ「まあ、多少は予想してましたわ」
アオイ「あんなの余裕」
スイ「それ、シナリオ覚えとらんヤツが言うセリフか!?」

 五人は笑い合い、再びコンクリートの段々に腰かけ、空を見上げる。

 陽はだいぶ傾き、空の青さが深い。
 私は、その色をまた好きになってもいいかなと思った。

アサギ「ステージの上のアイの笑顔を見て思ったヨ。アイはもう大丈夫だって」
アオイ「うん、最近あんな表情、見とらんかったもん」
ルリ「これで安心して潜(ひそ)むことができますわね」
スイ「そうだな……少し寂しいがな」

「え……どういうこと?」

 話の流れが何か、少し変だ。

「まあな。さっきのステージで俺たちの出番は終わったってことさ」
「あら、スイ。ずいぶん気障(きざ)なことをおっしゃいますわね」
「最後くらい、カッコつけたって、いいじゃねえか」

「ねえ、みんないったい何言ってるの?」

 この後、私が聞きたくない言葉が待っていると予感した。

「アイ。前に君はボクに代わってくれって言ったけど、それはムリ。君の演技は素晴らしかった。ボクには君の真似はできない。だから、自信を持ってネ」
 そう言ってアサギは私をハグした。

「なあ、アイ。お前の勇気は大したもんだよ。昔は泣き虫ですぐに抱っこ抱っことせがんでたのになあ。ほんっと、大きくなったなあ……いいステージだった……しかし、あれを自分で演(や)る羽目になるとはなあ」
 そのエピソードと、スイの話しぶりに思い当たるものがあった。

「スイ……ひょっとして、あなたは……まさか……お父さん⁉」
「……さあ、な」
 そう言ってニヤリと笑い、彼女は私をハグした。

「アイ。ウチはあんたのことは、なんも心配しとらんかったよ。ほら。この通り自分で元気になっとるし」
 アオイは私の両肩に手を置く。その懐かしい感触。

「……まさか、おばあちゃん⁉」
「さて、どうじゃろ」
 アオイはニコッと笑い、私をハグした。

 ルリが私と向き合う。

「ほんとに立派に成長しちゃって。これからも大変なことがたくさんおありでしょうけど、みんながついてますからね。大丈夫、アイちゃんならやれます……でも、くれぐれも無理は禁物ですよ」

「……お母さん、でしょ?」

「ふふ、どうでしょうね」
「ねえ、どこにも行かないで。お母さん!」
 私はルリにしがみつくように抱きつく。

「どこにも行きませんよ。だって、ワタクシたちは、あなたの中に潜(ひそ)んでいるのですから」
 彼女はしばらくそのままにしてくれたが、やがて私の腕をやさしく解いた。

 アサギがもう一度、私の正面に立った。そして微笑む。
「……アサギ、あなたは、いったい……」
「ハハ、ボクは、アイが忘れてしまった君自身さ。……でも、君は思い出した。だから、ボクの役割は、もうおしまい」
「そ、そんな……」

 そして、アサギは空に手を伸ばした。どんなに手を伸ばしても届かない青藍(せいらん)。
 それを真似する、スイ、ルリ、アオイ。

 私も真似をして手を伸ばす。
 何かに届いたような、何かを掴んだような感触があった。

 藍色は、愛の色なんだ。

 それを伝えようと横を向いたら。

 西日に照らされた彼女たちの輪郭が、少しずつ、青い空に溶けていく。
 まるで最初から、そこには夕焼けが透き通った影しかなかったかのように。


 そして、誰もいなくなった。

 その事実を受け入れるのには、たくさん時間がかかると思う。
 いや、正直受け入れられない。でも……受け入れるしかないの?


 手を伸ばしたまま、私は叫ぶ。

 ありがとう、忘れないよ!
    だから、…… 絶対忘れないでね!

 その叫びは、深く透明なブルーに同化していった。



 十六畳の和室は、やっぱり広かった。

 一人で食べたり、一人で寝たりするのには広すぎた。
 私は自分の体を抱き。そして、自分に言い聞かせる。一人だけど、独りじゃないよって。

 スマホの睡眠アプリをタップして布団に潜る。その画面だけが暗闇で鈍く光る。



コトコト。

トントントントン。
カチャカチャ……

何やら、炊事しているような音。


「おい、アイ、起きろ。朝メシだ。今朝も随分とネボスケだな」

 それが夢でないことを願った。

 目を開けると、仁王立ちでウルフカットのショートヘアの子がニッと笑った。

 この家は、この部屋は、五人でちょうどいい広さだと思う。円卓は狭いけど。

 私は布団をめくり、隣の子の体をゆする。

「ねえ、朝ごはんだって、起きよう。アオイ」
「ムニャ?」


(了)