翌週、水曜の六限目のホームルームの時間。私に大きな問題が降って湧いた。
「えー、文化祭実行委員会からの相談です。二週間後に迫った文化祭、ウチのクラスは出し物として、体育館のステージで合唱をやりますが、全体の時間の調整上あと十分、持ち時間を延長して欲しいそうです。何をやるか相談させてください」
教室の中はガヤガヤと騒がしくなり、歌を追加するかとか、その時間をよそのクラスにあげちゃえばとか、口々にいろんな意見が出されている。
「はーーい、提案があります!」
手を上げて大きな声でそう言ったのは、私だ。
……私⁉ 正確に言うと、今、表(おもて)に出ているのはアサギだ。
「ボク、前からやってみたいことがあってサ、合唱の前座代わりにどうかな、と思ってネ」
「ナニナニそれ?」
渡りに舟、とばかりにクラスの文化祭実行委員が目を輝かせた。
「ん-っと、一人芝居でね。女の子のヒーロー、じゃなくてヒロイン・アクションアニメあるじゃない。休みの日の午前中にテレビでやってるみたいなやつ。ボクはあれをやりたいんだ。シナリオはもうできてるヨ」
それを聞いて、私はハッとする。
アサギはあれを知っているんだ。
なかなか面白そうねーと、かつてその手の番組の視聴者だった女子たちが食いつく。男子は自分たちの手間が増えなさそうなので、私(アサギ)の提案に乗っかり気味だ。
時間もなく、面倒くさいのも回避できそうなので、クラスの満場一致で追加の出し物が決まった。いや、トモとナギ君は手を上げなかった。二人が私に向けた、心配そうな視線が痛かった。
〇
その日の放課後。私は江戸川の堤防に向かった。堤防の石段に座ると、彼女らに『出てきて』と念じた。一分後、私と同じ姿勢で四人の女子高生が石段に横一列で並んだ。
「ねえ、アサギ。何であんな立候補しちゃったの!」
私は憤りを隠さない。
「だってサ、あれは君の夢だったんじゃない?」
「夢って……そんな小さい頃のことを……私はテレビの女の子のスーパー・ヒロインに憧れて、小六の時に真似してシナリオみたいの書いただけ」
「いつかこれ、やってみたいって思ってたじゃナイ?」
「そうだけど……今の私じゃ、そんなこと絶対できない」
「小さいとき、よくやってたじゃナイ? アイの演技力をもってすれば……」
「アサギ、無責任に気安く言わないで! ……あなただったらできるでしょ? 言い出しっぺなんだし」
「アイ、やってみてもいいんじゃないか?」
スイが私の肩をたたく。
「だめ。私には何もできない。才能だって、やる気だって、何もない。……私、この一週間、あなたたちと一緒にいて、よくわかったんだ。……あなたたちはすごく魅力的。クラスのみんなにはっきりものが言えるし、グループにすっと打ち解けられるし、趣味の話で盛り上がれるし、慌てることなくマイペースでいられるし……それに比べて……私は、からっぽ。あなたたちがいなければ、私には何も残っていない……」
感情が高ぶって一気に喋ってしまった。息を整え直す。だがダメだ。ネガティブな思いが言葉となって流れ出る。
「ねえ、アサギ、私に代わって『藍』をやってくれない?……もう私は消えてしまってもいい」
「そんなことをいう子は、こうだ!」
アサギは私の前に立ち、両方のほっぺたをつまんで横にひっぱった。
「テテテッ!……じゃあ、スイが代わって」
「えい!」代わってスイがほっぺたを引っ張った。
「テテテッ!……そうじゃなくて……じゃあ、ルリが私になって」
「えいえい!」手加減しながらもルリがほっぺたを引っ張る。
「イテテッ!……もう! そしたらアオイ、あなたが」
「てーい!」アオイが力まかせに思い切りほっぺたを引っ張る。
「ヒテテッ!……みんなのいじわる!」
「なあ、アイ、自分自身とオレたちのこと、何か勘違いしているようだがな……オレたちは別々、バラバラには生きていけないんだ。オレたちは一緒にいて、一緒につながっていて『藍』なんだ」
スイはそう言ってくれるが、私には今いちよくわからない。
「アイにはね、いいところがいっぱいあると思うな。一緒に寝てると、ウチはすごく落ち着くの。一緒にご飯食べてると、ウチの心もお腹もいっぱいになるよー」
「アオイ、ありがとう……でもそれっていいとこなのなの?」
「はい、そうですよ。それに……アイちゃんは、お母さんと、お父さんと、お祖母ちゃまをずっと好きでいてくれている。ずっと忘れないでいてくれている。それが一番いいところ。今のあなたには、それがあれば十分。胸を張って自慢していいことよ」
ルリが私の頭に手を置く。その優しく柔らかい感触に涙腺が反応し、涙がポロポロこぼれる。
アサギは、四人が引っ張った私の頬を軽く撫で、正面から真っ直ぐ見つめる。
「ねえアイ、覚えてるカナ? 君が書いたシナリオを見て、母さんと父さんとおばあちゃんが、アイが演じているところを見たいって言ってたのを」
「……うん。覚えてる」
「やってみなヨ。君は独りじゃない。ボクたちが一緒にいる。ボクたちが一緒だから、君ナンだ」
「……わかった」
そうなんだ。私は、独りじゃない。五人で藍なんだ。
その夜、二階の自分の部屋に上がり、古ぼけた創作ノートを探し出し、埃を払った。
そして、シナリオに新しいストーリーを書き加える。
〇
文化祭当日。体育館のステージ上、すでにクラスメイトがひな壇に並んでる。
私だけ舞台袖に立っている。私だけ違う衣装を着ている。
クラスのみんなは制服姿だが、私が身に纏(まと)っているのはヒーロー・アクションアニメの、いわゆる変身コスチューム。
開演ブザーが鳴り、幕が上がった。
私は舞台袖からまだ薄暗いステージ上を進み、真ん中で止まる。
客席とひな壇の両方から『かわいい!』『かっこいい!』『かっこかわいい!』という声が聞こえた。
私が創作した物語のヒロインの名前は、
『少女戦士 インディゴ・ブルー』。
その名の通り、サファイアブルーを基調に、アクアマリンとゴールドに輝く、戦うヒロインの勝負服。
宝石がちりばめられたようなベストとミニスカート。それにトーンを合わせたアームカバーとロングブーツ。
手にはエメラルドが埋め込まれたスティック。
このスグレモノは、電撃と癒しのビームを撃てる。剣や盾にも変化する。
そして、煌(きら)めく髪飾り。親友のトモが被服部に頼み込んで作ってくれた力作だ。
確かにこういうの、一度着てみたかった。
暗転のステージ上で、ぽつんとスポットライトが灯る。客席が静まり。
私は、物語を始める。
「私の名前は、アイ。集団心理を煽(あお)って、いじめや暴動を引き起こす魔物……ドブラック、通称『ド黒(ドクロ)』。そいつを世界から追放するのが私の使命。今日、暴動が起きたこの場所で、ド黒の気配が検出された」
「そこだ!」
振り返り様に私はスティックを鋭く差し出し、ステージ後方のスクリーンに電撃を放った。衝撃音が響く。
「フハハハハ、ようやく現れよったか、インディゴ・ブルー。だがな、お前ひとりで、どうやって戦うのじゃ」
スクリーンには黒く波打つドクロマークが映し出された。私はその巨大なドクロを指さす。
「一人でもお前なんかとは十分に戦える……だが……今日こそ、トドメを刺す!」
元々のシナリオでは、ここからも一人芝居でドクロと戦うことになっている。そう。ヒロインは、たった一人で戦う、孤独なソルジャーだったのだ。
さて、ぶっつけ本番だ。
私は胸の前で手を組み、『お願い、みんな出てきて!』と強く祈る。
すると、シュルルンという音とともに私の体が分身した。
「えっ、聞いてないわよ、アイ!」
「あのさ、ソロで戦うんじゃなかったノ?」
「やるんじゃないかと思ってたけど……」
「おわ! オレ、この変身コス、ぜんっぜん似合ってねー!」
いきなりステージ上に出現させられて、四人は周囲と自分のコスチュームをキョロキョロと見回す。
客席もひな壇もざわつき、驚きの声があがった。
私は構わず、先に進める。
「スイ、今日はあなたがセンターよ」
「まじ⁉」
「シナリオ、知ってるでしょ? 」
「え?」
「あなたたちは、『私』なんだから」
「……ああ」
スイが口角を上げ、ニッと笑う。
「お願い! バシッとキメて頂戴」
「しょうがねーなー……まあ、いっちょやったるか!」
「いやん、ウチ、シナリオ、うろ覚え」
「大丈夫よ、アオイ。ワタクシがサポートしてさしあげます」
「ボクも助けてあげるヨ」
ほかの三人も覚悟を決めたようだ。
スイを中心に、五人の女の子ソルジャーが整列した。
「Are you ready?」
「Sure!」
「I'm ready!」
「Let’s get started!」
「Okay!」
五人で静止のキメポーズをとる。
「学校や街ナカ、そして被災地などに突然現れ、」
「時代を超えて暗躍し、」
「集団心理につけこみ、イジメ、暴動、デマを煽り、」
「不幸をもたらすお前たちを」
「人間は弱い生き物と決めつけあざ笑うお前たちを」
「私たちは決して許さない。見逃さない」
「私一人の力は小さいけれど、」
「私が愛した記憶たちが息づいている」
「私の心の中には仲間がいる」
「一人だけど、独りじゃない」
「頼もしい仲間がいる」
「五人の力を結集し、悪を駆逐する」
「愛の戦士」
「その名も!」
「「「「「インディゴ・ブルー」」」」」
「「「「「ファイブ!」」」」」
「「「「「ここに参上」」」」」
ちょっと長めの前口上のあと、私たち五人はステージを縦横無尽に駆け回る。
「食らえ、インディゴ・ブルー・レイ!」
ビビビビビビビビッ
「ぐぬぬ!」
「アオイ、そこで倒れている人、お願い!」
「おーけー、……ブルー・オーシャン・ヒール!」
フワフワフワフワ
「ルリ、ドクロそっち行ったぞ!」
「まかせて!……インディゴ・アイス・ソード!」
シャキーン!
「ぐええっ!」
スクリーンから赤黒い火の玉が飛んでくる。
「アサギ、危ない!」
「へっちゃらだヨ!……エメラルド・シールド!」
ガチン!
スイが、叫ぶ。
「さあ、そろそろ決めるぜ!」
「「「「「わかった」」」」」
「「「「「インディゴ・ブルー・ファイブアターック!」」」」」
「トーウ!」
「モットダ!」
「ダーッ!」
「チェスト!」
「デェーーーーイッ!」
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁ………」
私たちは、ドブラック、通称『ド黒』を駆逐した。
合唱の前座のパフォーマンスが終わると、しばらく体育館の中は沈黙した。
やがてどよめきが起こり、それが大きな拍手に変わった。
五人は顔を見合わせ、うなずき、シュルルンと合体する。
一人になった私は、会場内の騒ぎをよそに、変身コスのまま、合唱メンバーの列に加わった。



