青すぎる空に、君がいた。 ―孤独な私の体に棲む、五人のヒロイン


「てめえら、ちょっと顔がいいからって、調子にのりやがって! いつか、しっぺ返しを食らうからな」
 クラスでベストスリーと噂されるイケメントリオに食ってかかる私。

「ワタクシ、この通り、今読書中でございますの。少し会話のボリュームを下げてくださるかしら」
 自習時間。読んでいた本を閉じ、きゃっきゃと笑いながらお喋りしている女の子のグループに注文する私。

「ハハハ! 君、ボクと話が合うナー。ねえ、今度サ、中野ブロードウェイのまんだらけ、一緒に行かナイ?」
 BL小説を手にしている、メガネの女の子と楽しそうにオタク談義する私。

「あのさー、眠いんだけどー。別に撮影してもらってもかまわないよー、でも寝かせてほしいなー。 ムニャムニャ……」
 机に伏せていた顔をめんどくさそうに上げ、シッシッと手を振り、再び寝入る私。

「アイ、これ全部アタシがスマホで録(と)ったんだけど……覚えてるよね?」
 トモが恐る恐る私に尋ねる。
 四月のクラス替えの前も同じ組だったので、彼女は私に仲良くしてくれている。

「うーん、覚えてるよ……何となく」
 彼女が見せてくれた、これらのスマホの動画は夢でも見たようにうっすらと覚えているような……でも、正直『ウソ! マジ? これ、本当に私?』と思うものばかりだ。

「あのさ、アイちゃん。以前メンタルクリニックに通っていただろ。……その……あの事故のあと」
「え、うん」
 トモの隣りに座っているナギ君が、遠慮がちに口を開く。彼はトモのボーイフレンドで、このクラスで気楽に話せる唯一の男の子だ。

「ああ、半年前まで通っていたけど、今は行ってないよ。お医者さんも、もう大丈夫だろうって」
「そうね、そのころはだいぶ落ち着いていたものね。アイ……でもね。はっきり言うけど、最近ちょっと様子がおかしいよ」
 トモは真顔で心配してくれている。ありがたい。この子のこういうところ。

「僕たちもついてくからさ、今日の放課後でも一緒にクリニックに行こうよ」
 うん、わかったと渋々うなずいたタイミングで、午後の始業のチャイムが鳴った。

 メンタルクリニックを出ると、私はトモとナギ君に礼を言って別れた。
 二人はつかず離れず並んで遠ざかっていく。

 その後ろ姿を見送ると、自然と江戸川の方に足が向いた。

 道が狭い住宅街を抜け、堤防に突き当たる。
 灰色の人工の建造物の上では、空の鮮やかさが際立つ。

 私はコンクリートの階段を一気に駆け上がり、堤防のてっぺんで立ち止まる。
 手ごろな石段に腰かけ、カバンを置く。

 秋の終わりの空。透明で濃いブルー。
 それをここで眺めるのが大好きだった。少し物悲し気で、切なくて。

 青藍(せいらん)の空。
 あの日もこんな空色だった。
 だから、今では大嫌い。
 高橋 藍(アイ)。
 今は、自分の名前も嫌いだ。
 どんなに手を伸ばしても届かない高さ。

 どんなに手を伸ばしても、あの空の向こうにいるはずの、母さんと父さんとおばあちゃんに触れることはできない。

 さっき診てもらったお医者さんによると、強いストレスやトラウマになるような出来事が原因で、複数の人格が現れる症状が出ているらしい。トモに見せてもらったスマホ動画の『私たち』が、まさにそれだろう。
 専門の病院の紹介状をもらった。あせらず、じっくりと向き合ってくださいとのこと。
 
 私の体に、そんないろんな人格が宿っているなら、出てきて欲しい。
 私の話し相手になって欲しい。
 トモやナギ君は、私を気にかけてくれて、いい友達だなと思うけど、あの二人は恋人同士だ……いずれ、きっと。

 私は立ち上がる。そして濃い青空に向かって叫んだ。
「ねえ! お母さん。お父さん。ねえ! おばあちゃん。そっから降りておいでよ!」

 感情を見せない瞳のように透明な空気に。
 その向こうで、悲しみだけを表現したような群青の宇宙に。

 私は叫ぶ。
 どうせ届かないってわかってるけど。

「私を独りにしないで! みんな、ここに来てよ!」

 そして、涙がこぼれないように目をつぶる。


 すると。
「ウォー! あいつマジムカつくぜー!」
「あぁー、おなかすいたよー!」
「今年の秋アニメ最高だヨ」
「ちょっとあなたたち、うるさいですわよ!」

 私の真横で、聞こえるはずのない叫び声が響いた。

 私は慌てて目を開け、涙を拭い、横を向く。
 そこにいたのは……四人の女子高生。
 カーキ色のブレザーにグレーのスカート。うちの高校の制服だ。

 髪型や背丈、それに制服の着こなしは少しずつ違うが……。
 顔はみんな、おんなじ……私とおんなじ。
 まさか……そんなことないよね。

「あ、あなたたちは誰?」
 四人は寄ってきて私を囲んだ。

「よう。オレは、翠(スイ)。お望み通り、出てきてやったぜ……うわーっ、オレ、JKの制服似合わねー」
 ショートウルフの髪型、ブラウスの第一ボタンをはずしたままリボンをゆるく締めている子が、自分の体を見降ろし、見回した。

「ウチは碧(アオイ)ね。ねえアイ、お腹すいたんだけど、夕ご飯、ウチの分もあるかなあ?」
 髪はハネボブで、まぶたが重そうにトローンとした表情の子。いきなりご飯を食べさせろって?

「やあ! ボクは、浅葱(アサギ)だヨ。 アイのオタクコレクション、楽しませてもらってるンダ。君がアニメ、ラノベのオールラウンド・オタクで助かったヨ」
 ポニテを二つの玉ねぎ型にまとめた子がにっこりと笑った。

「アイさん、初めまして、かな? ワタクシは、ルリ。せっかくご自身と向き合っておられたのに、この子達ったら……ぶち壊しちゃってごめんなさいね」
 長い髪をハーフアップにまとめ、フレームなしの眼鏡をかけた子が謝った。制服の着こなしが何だか上品だ。

 私は四人の顔を何度も何度も見比べた。きっと私、アホみたいな顔をしていただろう。

「こ、これ。どういうことかしら?」恐る恐る四人に尋ねる。

スイ「さー、オレにもよくわかんねえけど」
アオイ「ウチらに出て来いって言ったよん……眠かったんだけどねー」
アサギ「話し相手が欲しかったんでショ」
ルリ「お一人だと淋しいですし、退屈しますものね」

 今、ここで起きていることは、にわかに信じられない。私、今、夢見てる?

 試しに四人の体を順番につねる。

ぎゅ。
ルリ「あらあら、そんなことしちゃいけませんよ」

むぎゅ。
アサギ「ハハハ、くすぐったいじゃん」

ポニョン。
アオイ「アハーン、イヤン!」

グィッ。
スイ「ってーな! 何しやがる」

 ……どうやら夢じゃないらしい。

 このあと、どーすりゃいいんだと途方に暮れていたところ。
 誰もいなかった堤防に、大型犬を連れたおじさんが現れた。
 犬が『ワン!』と鳴き、飼い主が手に持つリードがピンと張られた瞬間。

スイ「あばよ!」
アオイ「バイバイ」
アサギ「そいじゃまた」
ルリ「ごきげんよう」

 そう言い残し、シュルルと音をたてて四人の体は私に向かって飛んできた。
 軽いショックとともにそれは重なり、私の中で一つとなった。
 体の上下・前後・左右を見まわし、パタパタと叩いてみたが、特段変わったところはなかった。

 私はカバンを拾い、トボトボと駅に向かって歩く。
 さっきの犬だろうか、『ワォォォォーン』と遠吠えするのが聞こえた。