泥団子みたいな私の恋

約束の土曜日。雲一つない青空の下、煌めく海を前に私は息を呑んだ。
ウェットスーツに着替え、唯一無二の相棒だというサーフボードを抱えた先輩は、学校にいる時よりもずっと自由で、輝いて見えた。

​「ここで見てな。特等席だぞ」

 私を日陰のパラソルに座らせると、彼は海へと駆け出していく。
 水しぶきを浴び、太陽の光を背負って波の上を滑る姿。その迷いのない動きに、私の心はどんどん、引き寄せられていった。

(私、こんな風に誰かを見たことあったっけ)



帰り道。海風がまだ髪に残っている。
 ふと、前から同じ学校の男子が声をかけてきた。

「早瀬じゃん、珍しいとこいるな」
「あ、うん。ちょっと……」

軽く会話を交わす。ほんの数秒のやり取り。
それだけのはずだったのに。
横を見ると、櫂先輩が少しだけ目を逸らしていた。

「……知り合い?」
「クラスの人です」
「ふーん」

 短い返事。
それ以上何も言わない。
でも、さっきまでより少しだけ歩幅が早い。

(……あれ)

気づいてしまう。
この人、ちょっと機嫌悪い?

「先輩?」
「別に」

 即答。
でも全然“別に”じゃない顔。
少しだけ子供みたいで、思わず笑いそうになる。

「……先輩も、そういう顔するんですね」
「は?」
「なんでもないです」

 くすっと笑うと、先輩は少しだけ不服そうに眉を寄せた。
――完璧じゃない。
その事実が、なぜか少し嬉しかった。


家が近づいてきた時。
沈黙のなかで、ふと呟いた先輩。

​「ねえ、俺のこと……本当に覚えてない?」

 ふいに、彼が立ち止まって私を見つめた。

「え? 会ったこと、ありますか……?」

 記憶を辿るけれど、こんなに目立つ人を忘れるはずがない。

「……ううん。いいんだ。覚えてないなら、それで」

 少しだけ寂しそうに笑った彼の顔が、なぜか胸に刺さった。