恋愛初心者①〜落とし物から始まる恋〜






「ずっと、謝りたかったんだ」

 車道側を歩く神田くんは、少し言いにくそうにしながらもそう言った。


「謝る?」
「あの日、オレがあいつらを止めなかったから。水谷があんなこと言うなんて思ってもみなくて。オレといてもずっと牧野さんの話しかしないからさ……。って、言い訳にしかならないか。ごめん、牧野さん」


「そ、そんなそんな! わたしが康太くんの気持ちちゃんとわかってなくて、あんなこと言わせちゃっただけだから……」

 康太くんのお友達でしかない神田くんがわたしに謝ることなんてなにもないよ!

 仕方なくわたしに付き合ってくれてた康太くんに甘えちゃってたのが悪いんだから……。


「そんなことない。どんな理由があっても、あんなことを言うのは間違ってる。学校に来られなくなったのはオレたちのせいだって……」


「え? そ、それは違うよ。ただ、なんとなく行きにくくなっただけで……。それに、あれがあったから秀英学園を知れた。今はよかったと思ってるよ。まだ日数は全然たってないけど、Aクラスのみんな、大好きだから」


 落とし物を届けたというだけで入学式前から話しかけてくれた秦くん。

 ムードメーカーで、いるだけで空気が明るくなる阿部さん。

 小説に一生懸命な斎藤くん。

 神田くんも今日の学級会でクラス委員長に推薦されたくらい、周りのことをよく見ている。


 康太くんしか知らなかった小学校時代とは全然違う。わたしもみんなの輪に入れてもらえた。

 あれから何年もたって、客観的に見られるようになった今だからわかることだと思うけどね。
 今でも体が強ばったり、怖くなったりしちゃうけど、理由も聞かずにそばで支えてくれる人がたくさんいる。


「だから、もう大丈夫だよ」
「牧野さんは、強い人だね。あんなこと言われたのに」

「人間、安心すると強くなれるものだよ」
 三年生から学校に行けたのは、お兄ちゃんがいてくれたから。


 秀英学園で笑えるのは、みんながわたしを受け入れてくれると知ったから。



「神田くん、わたしと友達になってください」

 康太くんのことはこれでおしまい。神田くんがわたしに気をつかおうとする必要ももうない。
 握手を求めると、神田くんも応えてくれた。


「もしオレが見た目と違うことしても、みんなは受け入れてくれるかな」

「第一印象と違うのは個性にしかならないよ。想像してたのと違うってだけで否定される理由なんてないんだから」
 これはお兄ちゃんの受け売りだけどね。


 お兄ちゃん、ちょっと顔が怖いみたいでカン違いされることも多かったから。

 優しくて夢に一直線な爆走お兄ちゃんなのに。


「そっか。オレも、秀英学園に入ってよかったかもしれない」
「……?」

 神田くんもなにか小学校で嫌なことあったのかな。
 別れ際に見せられた影のある笑顔の正体はまだわからなかった。





「今日から、体育祭について話を進めようと思う。全員揃っていることだしな」

 入学式から三週間。
 五月になった。

 体力測定も無事終わり、六月にある体育祭に向けて動き出した。

 美術部でも体育祭用のパネル作りが始まったから、そろそろだと思ってた。


 わたしは優しい康太くんに「トロい」と言われるくらい、運動がニガテ。

 瞬発力がないのか、短距離が本当にできない。
 持久力や握力、ジャンプ力や正確性を求められる競技ならまだできるんだけど、体育祭の競技はなかなかそういうのがない。

 小学校の体育祭ではみんなの足を引っ張ってばかりだった。
 せっかくみんなと友達になれたから、迷惑をかけたくないな……。


「とりあえず、体育祭の競技一覧を配るから三つは最低でも選んでくれ。まあ……五分あれば足りるだろう」

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【体育祭競技一覧】
・徒競走(50m)
・借り物競争
・障害物競走1(まあ簡単)
・障害物競争2(自信があるなら選んでね)
・水泳100m(クロール・背泳ぎ・バタフライ・平泳ぎの中から複数選択可)
・騎馬戦(本物の馬は使わないヨ☆)
・白兵戦(もちろん塗料、防護服も着用するからご安心・要は色付き水鉄砲バトル)
・クラス対抗選抜リレー
・学年種目(一年生はテニスになりました)
――――――――――

 う、うう……どうしよう。

 ちょいちょいボケられてるけど、それが拾えないくらいのピンチ。


 学年種目のテニスはやったことないし、それ以外も難しそう。

 まだマシなのは借り物競争と白兵戦くらい……?

 白兵戦で使うのが本物の銃じゃないみたいだから生き残れるとは思う。影薄いから。


 あと一つが問題。障害物競争1か、騎馬戦か。

 でも小学校で障害物競争やって途中退場になっちゃったんだよね……。騎馬戦にしようかな。
 騎馬戦ってあれだよね、三人の上に一人が立って敵の帽子を取る、みたいな。


 上に誰が乗るかはわからないけど、長距離戦と腕力には自信があるから騎馬戦にしておこう。


「そろそろ五分経ったけど、まだ時間欲しい人いるか? いないな。じゃあ回収ー」

 体育祭実行委員になった阿部さんが羽場先生が回収した一覧表を見ながら黒板に名前を書いていく。


「とりあえず通常種目については問題ないからこれで決定でいいんだけど、早めに選抜リレーの三人と学年種目のペアについても決めたいね。体力測定の結果からだとリレーはあたし、悠人くん、宗介の三人になるけど、どう?」

 阿部さん、桐谷くん、秦くんの三人は、五十メートル走七秒代組。阿部さんに関しては、手を抜いた状態で六秒代を叩き出している。


 手を抜いてるのはやる気がないわけじゃなくて、本気で走れば近くにいた人が緊急搬送される事態を招きかねないかららしい。

 昔、全力で走っていた阿部さんが転んだ衝撃でお家の壁が消し飛んだとか、フルマラソンを一時間くらいで完走できるとか。しかも息切れひとつせず。


 ……手を抜いてもらわないと困るかも。グラウンドが大変なことになりそう。
 逸話だから多少は盛ってるかもだけど、それでも早すぎる。

「初等部で、『阿部茜は赤い弾丸』って言われて恐れられてたな……。走ると、赤茶色の髪が弾丸みたいだからって」
「お姉ちゃんに、あんたは電車だってよく言われてたけど……そんな二つ名があったんだ」


 秦くんの証言と阿部さんの言葉で盛ってない可能性が出てきた。
 わたしと同じ外部生の神田くんも、ビックリしている。

 そうだよね、私より小柄な子が全力で走れば車を抜けるんだもん。


 フルマラソン一時間ってことは、最低時速四十キロってことでしょ? それで息切れしないなら本気出せば五十キロいくかもしれない。ビックリもするよ。



 誰からも反対意見は出ず、リレーはその三人に決まり、テニスのペアは体育祭の練習のときに相性を見て決めることになった。