「ただいまー……」
「おー、おかえり。空、次のCDのイラストなんだけど――」
わたしを出迎えてくれたのはお兄ちゃんだった。
今日は入学式の片付けだけで、終わるのが早かったみたい。お昼には帰ってきてたんだって。
「――どうだ? いけそうか?」
「うん、とりあえず一週間を目安にカラーラフ案出すね」
「サンキュ」
お兄ちゃんから細かい説明が書いてある依頼書を受け取った。
部活では、学園祭で展示したり体育祭で作るパネル以外はそれぞれの作業をしていいみたい。
この依頼は学校で進めようかな。
お兄ちゃんは「なに描いてるか聞かれたら宣伝しといて」っていうタイプの人で、部屋以外の場所での作業をすすめてくるからね。
リリースは七月目標で、夏をテーマにしたクラシック曲と、お兄ちゃんが作った夏の曲を収録するんだって。
がんばろう。
翌日、わたしは登校してすぐ美術部顧問の羽場先生に入部届を出して、美術部員になった。
秀英学園は仮入部期間があるけど、顧問の先生に入部届を出したらその日のうちに部活をしていいってルールがある。
もちろん、事前に入部届だけ出して、本入部の日に初めて来るでもいいよ。
でもわたしは早く作業がしたいから、いつもイラストを描くときに使っているタブレットを持って美術部の活動教室に向かった。
「ごめんくださーい……」
活動教室は通常教室棟とは別の、部活動棟にあるから少し迷っちゃう。ここは早めに道覚えたいな。
引き戸を恐る恐る開けると、先輩が何人か作業をしていた。
「今日から所属することになりました、牧野空です」
「あ、羽場先生から聞いてるよー。よろしくね、牧野さん。部長の安西雅久だよ」
まさかの、生徒会長が部長だった。
「よろしくおねがいします、安西先輩」
「牧野さんも美術部にしたんだ」
わたしが安西先輩にペコリと頭を下げたところで、聞き覚えのある声が飛んできた。
「か、神田くんも美術部なんだね」
「ここ、3Dプリンターあるから」
神田くんは、ジオラマを作りたくて美術部に入ったらしい。
「こっちでもよろしく」と言ってパソコンに向き直り、設計図と寸法の計算に戻っていった。
「牧野さんはなにか作りたいものがあって来た感じ?」
「はい。普段はCDのジャケットを描いてるんですけど、アーティストさんの立ち絵とか、本のカバー絵とかも描けるようになりたくて」
「そっか。じゃあ教えてあげるよ。僕、イラストで食べてるし」
安西先輩に案内してもらいながら、流れでSNSアカウントを見せてもらった。『小豆』さん。
そういえば斎藤くんの小説、表紙のイラストのところに『小豆』って書いてあったような……。
フォロワーは百万人を超えている。わたしはSNSをやっていないけど、これがとてつもなく大きい数字だってことはわかった。
イラスト一枚あたりにつくコメント数も万単位。いいねにいたっては、最低でも三ケタ万ついている。
…………。
わたしの周り、すごい人多くない……?
「ご迷惑じゃなければ、おねがいします! 安西師匠!」
「よし、今日から空は僕の弟子だ」
安西師匠……! なんて懐の大きな人……!
「とりあえずはレベルを知りたいから、ポートフォリオ作って持ってきてくれる? うーん……去年今年のだけでいいよ」
「わかりました!」
ポートフォリオっていうのは、目的にあわせて成果物をまとめたもののこと。
つまり、去年今年に描いた絵をまとめて持ってきてねって意味だよ。
わたしの部屋に年度とジャンルごとにファイリングしてまとめてあるから、そのまま持ってこよう。
今日は安西師匠が体育祭のパネルデザインを三年生で考えるっていうことで、一通り部室内を案内してもらったわたしは予定通り、ジャケットのカラーラフ案を作ることにした。
テーマは夏。
夏といえばまずは海だよね。
花火とかヒマワリも夏のイメージだな。
あとは……金魚にスイカ、それから朝顔とか?
クラシックの収録されたCDジャケットだから、シンプルに海とヒマワリがいいかな。
連想ゲームのように書き出した単語の海とヒマワリ、青空と雲に赤ペンで丸をつけた。
キャンバスを依頼書のサイズに設定して、いつも通りに下がきをする。私の場合は、カラーラフをデジタルで、決定版をアナログで描くよ。お兄ちゃんのCDは基本、水彩イラストなんだ。
わたしが描く水彩のタッチが好きだって言ってくれたから。
あ、円盤のデザイン案も一緒に作らないと。
ジャケットが海だから、クラゲとかどうかな。
図形の丸で簡易的な円盤を作り、クラゲを描いてみる。
「かわいい……」
我ながら、かなり愛らしいクラゲになったと思う。まだラフだけど、このまま進めたいくらい気に入っちゃった。
今まで出したCDもかわいい系かきれい系で、当日完売するくらいだったからこの路線でいっても全然問題ないと思う。
お兄ちゃん、気に入ってくれるといいな。
「楽しそうだね、空」
「はっ……!」
夢中になって描き進めていたら、安西師匠が近くに来ていた。
「もうそろそろチャイム鳴るから片付け始めようか」
「は、はい!」
周りを見ると絵の具を片付けたりプリンターを落としたりと、みんな帰宅モードになっている。
わたしも慌ててタブレットの電源を落としてアイディア出しに使ったスケッチブックをスクールバッグにつっこんだ。
「忘れ物はない? カギしめちゃうよー」
「大丈夫です」
「ありがとー」
「それじゃあ、僕はカギを返してから帰るから。みんな気をつけて帰ってね」
バイバイ、と手を振って、安西師匠は教員室に行った。
先輩たちも次々に帰っていく。
そんな中、神田くんだけはわたしと目を合わせたまま動かなかった。
「一緒に帰ってもいいかな。伝えたいことがあるんだ」
「わたしに? うん、いいよ」
親睦会でわたしと神田くんは同じ小学校だってわかったから、それについてかな。
下校時刻のチャイムが鳴ったので、急いで学校を出た。
