恋愛初心者①〜落とし物から始まる恋〜


 親睦会の翌日、昨日いなかった二人の自己紹介も帰りのホームルームで聞けた。


 一人は桐谷悠人(きりやゆうと)くん。小役とモデル業をしてるすごくきれいな人。口数が少なくて、あまり積極的には関わってこない一匹狼タイプ。でも秦くんたち内部生いわく、ツンデレでかわいい人らしい。

 二人目が秦くんの幼馴染の、斎藤椋(さいとうりょう)くん。小説家として活動してて、アニメ化が決まった作品もあるんだって。

 聞いてみたら怪異×退魔師の友情もので、わたしも全巻持ってる小説『ゆびきりげんまん』の作者さんだった。確かにこの間アニメ化するって聞いたな。


 一巻は表紙絵で衝動買いしたけど、読んでみたら心情描写が厚くて、退魔師の一族でありながら怪異を祓えない、祓いたくない主人公の葛藤は読む度に泣いちゃって。二巻以降は発売日に買うようになったんだよね。



「怪異と人間の友情ものは、少なくない。だから、主人公にとってこの子じゃなきゃいけない理由はなんなのか、いつも考えるようにしてる。そうすると、言動に一貫性が出て共感されやすくなるから」

 作品について語ってしまったわたしにイヤな顔ひとつせず、斎藤くんはそう教えてくれた。

「椋が学校で小説について話すの、珍しいね」
「面と向かって、ファンですって言われたの、これが初めて。まだ、話し足りないくらい」

 どこからかメモ帳を取り出した斎藤くんは、話しかけてきた秦くんにそう言ってわたしに向き直った。


「ってことで、いちファンとして具体的にどのシーンがよかったか、感想聞かせて」
「じゃ、じゃあ一巻から……」

 今は六巻まで出てるから、一巻ずつ感想を話した。
 各十分くらい。


「ありがとう。細かいとこも読んでくれて。次も、楽しみにしてて」

 メモ帳を大切にしまって、斎藤くんは鼻歌を歌いながら教室から出ていった。秦くんはポカンとしている。

 でもよかった。桐谷くんは話してすらいないからわからないけど、斎藤くんに悪い感情は抱かれてないみたい。
 一時間まるまるわたしの話に付き合ってくれたわけだから。


 何ページのどこがよかった、とか、この巻のラストが衝撃だった、とか話すとすごくキラキラした瞳でメモ帳に記録してた。
 斎藤くんの第一印象はクールな人だったけど、実際は熱いタイプなのかな。


「秦くん……?」
 一人で斎藤くんについて考えていると、そばにいた秦くんが一言も発していないのに気づいた。

「あ、ごめん。あんな楽しそうな椋、めったに見ないからビックリしちゃったんだ」
 あのキラキラしたのは、幼馴染でもなかなか見れないレアな斎藤くんだったんだ。
「それに、椋は小説のことになると熱くなって周りが見えなくなるんだ。今日から部活見学も解禁になるのに一時間も付き合わせてごめんね」

「わたしが話したかったことだから、大丈夫だよ。それに、入部したい部活はもう決めてあるから」

 オープンスクールで部活見学もしたし。

 実は今日のホームルームのときにもらった入部届、あとはお母さんかお父さんのサインがあればもう出せる状態なんだよね。


「秦くんはもう決めたの?」
「うん。初等部でも入ってたバスケ部にしようかなって。空は?」

「わたしは美術部だよ。もっと色んなのを描けるようになって、お兄ちゃんに恩返しがしたいんだ」

 お兄ちゃんには、わたしが登校拒否を起こしたときに秀英学園の存在を教えてもらったから。


 今でもお兄ちゃんが出すCDのジャケットを描かせてもらってるけど、もっと上手く描けるようになりたい。

 欲を言えば他のクリエイターさんのサムネイルやジャケット、立ち絵の依頼も受けられるようになりたい。

「お兄さんがいるんだ」
「うん。自慢のお兄ちゃんなんだ」
 最近はお兄ちゃんの帰宅が遅くてなかなか話せないけど、「兄貴は妹をかわいがるのが仕事だ」って言って、小さいころはよく遊んでもらっていた。


「…………そっか」

「……? 秦くん?」

 一瞬だけど、秦くんの顔が曇った気がした。

「あ、あのさ。聞きたいことがあるんだけど」
「うん、なんでも聞いて」
 入学式の日からわたしを気にかけてくれている秦くんからの質問なら、なんだって答えられるようにするよ。


「もし、もし……自分のお兄さんに恋愛感情を抱いたとしたら、空ならどうする?」


「…………え?」

 秦くんはお兄さんのことが好きなのかな。

 それで、下の子としてどうするかってアドバイスを求めてくれてるのかな。


「うーん……。お兄ちゃんに好きな人がいれば、妹のわたしに勝ち目はないから身を引くかな。いなければ、わたしなしじゃ生きられないようにがんばる、とか……? あ、がんばるっていうのは、家事したりお兄ちゃんのお仕事のお手伝いをしたりすることだよ」

「わかった。ありがとう」
「? うん」

 秦くんの質問の真意はわからなかったけど、タイミング悪く下校時刻を知らせるチャイムが鳴ってしまった。


「電車、上り?」
「うん。青葉駅まで」
「なら途中まで一緒に帰ろう」

 でも、秦くんに話すつもりがないなら変につつくのも失礼だよね。まだ出会って二日なんだし。



「じゃあ、気をつけて。また明日」
「うん、またね」

 そのあとは一言も話すことはなく、秦くんは寮がある駅で降りていった。






 いつか……秦くんの悩み、聞けたらいいな。