「空、好きだ」
お守りのお礼がしたくて空を追いかけた俺は、決勝戦で当たったチームのキャプテンがそう言っているのを聞いた。
同じ男同士、それが友愛でも親愛でもないことはわかった。
声をかけようとしていたけれど、空が泣いて喜んでいるのを見てやめた。
誰のことも、茜さえ名前で呼ばない空が、「康太くん」と言って告白されたことに喜んでいる。
この雰囲気で声はかけられないな……。
茜は「空は用事があって帰った」と言っていた。
“康太くん”に呼び出されたから来られなかったんだな。
「あれ、宗介。空に会えなかったの?」
「……空はもういなかったよ」
椋に返答した俺の声は、自分でも硬いとわかった。人の感情に敏感な椋が気づかないわけがない。
なにか言いたげな表情だったけど、黙殺した。
翌々日。前から決まっていた茜の別荘に行くため、新幹線の始発駅でみんなを待った。
早めに着いたから、待合所には誰の姿もない。
「おはよう」
部活のグループチャットに送られてきた試合動画を見てしばらくすると、空が来た。
「お、おはよ……」
空をまともに見られない。
今まで、どうやって接してたっけ……。
少なくとも目はそらしてなかったと思うけど、空を見ると一昨日のことを思い出してしまう。
新幹線も一人の座席を選んで、景色を見るフリをした。
椋と晴人からの視線はすごかった。
「牧野さんとなんかあったの?」
「え?」
晴人の資料用に二人で写真を撮っていると、いつになく真剣な表情でそう聞かれた。
少し怒っているようにも見える。
「……なにも」
俺が一方的に避けてるだけで。
「牧野さんのこと泣かせるようならオレがかっさらってやろうか?」
「それは……ダメ」
空が晴人の気持ちを受け入れて応えれば、きっと諦めもつく。この間初めて見た“康太くん”よりは。晴人は空と部活も一緒だし、好意も隠してない。
でも、俺は空の気持ちを尊重しなきゃいけない。
「なんで?」
「そ、空はもう恋人、いるから」
「だれ?」
「“康太くん”って呼んでたけど」
「…………は?」
聞いたことがないくらい低い晴人の声に、思わず後ずさってしまう。
「あいつ……今更どのツラ下げて……」
しばらく般若のような顔をしていた晴人はポンと手を叩くとアイドルスマイルを浮かべた。
「今日オレ、牧野さんに告白しようかな。あの男くっついて牧野さんが幸せになる未来が見えないから」
「どういうこと……?」
「ヒミツ。ま、オレに取られたくなければ精々がんばりなよ?」
アイドルスマイルを好戦的な笑みに変えて、晴人は写真撮影に戻っていった。
「…………」
夕食後、俺は蚊帳の張られたテラスで写真整理をしていた。でも、晴人からの言葉が気になって全く集中できていない。
もう十分以上、同じ写真を見つめてるだけ。
テーブルにカメラを置くと、青いお守り紐がチラッと目に入った。空にもらった、俺の宝物。
金色で必勝と書いてある。俺のためだけに作ってくれた特別なもの。
でも、次からこれをもらうのは、“康太くん”。晴人が略奪すれば、晴人に。
こんな風に後悔するなら、少しでも意識してもらえるように行動しておけばよかったな……。
「秦くん。わたし、秦くんに言いたいことがあるの。今、いい?」
「…………ごめん……今は聞きたくないんだ」
緊張したような表情で俺に声をかけてきた空への返答は、ビックリするほど力が入らなかった。
きっと晴人に告白されたんだろう。
あの人がどれくらい魅力的な人間かはわからないけど、晴人に告白されて嬉しくないわけがない。付き合った報告だろうか……。
「それ、この間の……」
そう言った空の視線の先には、俺の手があった。とっさに握りしめたけど、指の間からお守り紐が見えてしまっている。
これは必勝お守りであると同時に、俺の精神安定剤代わりになる予定だった。
これは空が自分のために作ってくれたって言い聞かせたら、落ち着くと思ったから。
結果は、ただの友情の証としてもらった義理チョコみたいなもので、余計に心をざわつかせることになったけど。
空といると、苦しい。
好きを、捨てられないから。
自分だけを見てほしくてたまらなくなるから。
そんな自分がイヤになるから。
「ごめんね、秦くん……」
心の声が漏れてしまったと気づいたときにはもう遅かった。
傷ついた顔を隠すようにぎこちない笑顔を浮かべた空は、扉の向こうに行ってしまった。
「……ぁ、そら……」
血の気が引いていくのを感じる。
大切な人を傷つけてしまった。
空には笑っていてほしかったのに、それを俺が奪ってしまった。
「最悪……」
しばらく座ったまま動けなかった俺だけど、茜が空を探していたことで慌てて晴人のところにとんでいった。
「あれ、牧野さんと一緒じゃないの?」
だけど、晴人から返ってきたのはそんな答え。空は茜と相部屋だったけど、部屋にも帰っていないらしい。
「……ホント、不器用な子たちだねぇ。オレが探すの手伝ってあげるよ」
「ぼくも探す。空、宗介と仲直りしたがってた」
「あたしも空き部屋とか探してみる」
屋敷中を探し回っても全く見つからず、スマホも部屋に置きっぱなしだったから繋がらない。
そして晴人から『牧野さん海岸で見つけた』とメッセージが来たのは探し始めて二十分が経過したころ。
だけどそれ以降は既読がつかず、いる可能性が高い場所を茜に教えてもらって一人で向かった。
「ねえ、オレにしない?」
教えてもらった海岸に着いた俺は、晴人が空に告白しているところに出くわした。
聞いたらいけない。そうわかってはいたけど、足が地面に縫いつけられているかと思うくらい動かない。
怖い。聞きたくない。空の口から俺以外の男への好意が語られるなんて。絶対にいやだ。
だけど、飛び出したのは予想外の言葉。
「神田くんは魅力的な人だと思う……けど、わたしは多分、秦くん以外にはもう恋できないと思うから」
はたくんいがいにはこいできない……。
ハタクンイガイニハ……秦くん以外には恋できない!?
「……宗介、だってさ」
「……!? 神田くん!?」
「オレ、牧野さんのことも宗介のことも大切なんだ。ホンネ引き出すようなマネしてごめんね」
焦る空に謝った晴人は俺にだけ聞こえるように呟いた。
「あーあ。振られちゃったなぁ……」
晴人はポーカーフェイスが上手だけど、少し落ち込んでいるように見えた。
「初めて会ったときから、空が好きだ」
乗っかるようでカッコ悪いけど、空に告白をした。
実の兄に好意を抱いているのでは、というのを聞いて、あのとき言葉を選べばよかったと後悔。
「好きだ。空のことが、大好きだ。他の誰にもとられたくない。空が他の人のことを見るだけで嫉妬するくらい、好きだ。心が弱くて嫉妬深くて、なにもできない俺だけど、空には好きになってほしいと思う」
そう言った俺を気持ち悪がることもなく、空は受け入れてくれた。
はじめてしっかり握った空の手は、ペンだこのある努力家のものだった。もう二度と離すものか。
