「秦くん……」
わたしを見る秦くんは、まだこっちの世界に戻ってこれていない。
まばたきすらしないから、ドライアイになっちゃうんじゃないかと心配しはじめたころ、ようやく帰ってきた。
と、とりあえず起立。
「初めて会ったときから、空が好きだ」
「え……」
「でも、この間……。“康太くん”って人から好きだって言われて、空は喜んでた」
うん? ちょっと待って。
今度はわたしが別の世界に行きそうだったけど、その一言でなんとか我に返れた。
「康太くんは、わたしが二年生のときにギクシャクしちゃってからずっと話してなかった人だよ。この前、たまたま会って、空は友達だって言ってもらえたんだ。その、キライって言われたことがあって……」
もし仮に康太くんがわたしを恋愛対象の一人にしていたとしても、好きになったのは秦くんだから。
「俺……自分が傷つくのが怖くて、だから空から距離おこうって……告白して、振られるのが怖かった」
「あ、あの……秦くんはお兄さんのことが好きなんじゃ……」
たしか前にそう言ってたよね?
「なにがどうなってそんなことに……?」
わ、わたしに聞かれても……。
「俺に兄はいないよ。俺が好きなのは空だけだ」
「で、でも……わたしといると苦しいって……」
「他に好きな人がいるとわかっているのに、あさましくも側にいたいと思う。一緒にいると好きが更新されていって――」
「ちょ、ちょっと待って……」
これ以上言われたらその……りょ、両思いなんじゃないかって、期待しちゃうから……。
一回タイムアウト取らせてほしい。冷静になるから。
「待たない」
「ひぇ……」
「好きだ。空のことが、大好きだ。他の誰にもとられたくない。空が他の人のことを見るだけで嫉妬するくらい、好きだ。心が弱くて嫉妬深くて、なにもできない俺だけど、空には好きになってほしいと思う」
秦くんの顔は、見たことないくらい真っ赤だった。
わたしも顔がすごく熱い。きっと秦くんと同じくらいの赤い。
月を背にして立っているから逆光で見にくくなってるとは思うけどそれでも恥ずかしい……。
「秦くんが好き。ほかの誰でもない、秦くんのことが好きです。だから、避けられて悲しかった……」
一度引いてくれた涙がまた溢れてくる。
「ご、ごめん」
「ううん、嫌われたんじゃなくて、よかった……」
「俺が空を嫌うなんて、地球が逆回転するくらいありえないよ。あらためて。こんな俺でも、空の彼氏になっていいかな」
きまりが悪そうな、でも優しい笑顔を浮かべて、秦くんは下ろしていたわたしの手をとった。
「秦くんのそばにいても、いいの……?」
こんな、わたしで。
「俺から、そばにいてくださいって頼んでるんだよ」
「……うれしい。もう、思い残すことはなにもない……」
「それはあって!? まだ死なないで!?」
それくらい、うれしいってことだよ。
涙を袖で拭おうとすると、柔らかいものが押し当てられた。
「目が腫れちゃうから」
また砂浜に座り込んじゃったわたしに目線を合わせて秦くんが笑ってくれた。
「――秦くんは、笑ってた方が好き。だから、悲しいことがあったときは……わたしが秦くんを笑顔にしたい」
一瞬ポカンとした秦くんは恥ずかしそうに頬をかいてポツリとこぼす。
「イヤになっても返品禁止ね」
言葉のチョイスに思わず吹き出してしまった。
「望むところだよ」
秦くんがたとえ服を脱ぎ散らかすお兄ちゃんみたいなズボラ男子だとしても、わたしは秦くんを好きでい続けると思うから。お風呂はさすがに入ってほしいけど。
「これでも寮で一人部屋だし、椋ん家で家事代行もやってるから。そんなことにはならないよ」
心の内に留めておこうと思ったけど、声に出てたみたい。秦くんはちょっと呆れ顔。
ちょっとムード壊しちゃったかな。
「もどろ。俺が騒いじゃったから、みんな心配させちゃってるんだ」
差し出された手を握る。
秦くんは二月でわたしは四月生まれ。
年齢は一歳くらい違うけど、わたしよりも大きくてしっかりした、男の子の手だった。
「あ! 空ちゃん! 心配したよぉ〜!」
秦くんと一緒に別荘に戻ると、目を真っ赤に腫らした阿部さんが突撃してきた。
こんなに心配させてしまうなんて……。
「ごめんね、阿部さん。もう大丈夫だから」
「もう一人でどっか行かないでぇ……」
うぐ、背骨がっ……。でも、心配させた罰だと思えばなんとか耐えられ――
「茜の怪力に普通の人間が耐えられるわけないよ。圧死する」
呼吸が難しくなってきたくらいで、秦くんに引っぺがされた。
「ご、ごめん……! 骨折れてない?」
「うん。わたし、体の丈夫さには自信があるから」
幼稚園のときに自転車にひかれたことがあるけど、すり傷くらいで済んだし。乳製品を摂ってるからきっと骨も丈夫なはず。
いくら力があるって言っても、相手は同い年の女の子。プロレスラーじゃないからね。
まだちょっと背中痛いけど……これは言わないでおこう。
「宗介。空と、仲直りした?」
「うん。ありがとう、椋。晴人も」
「オレは振られただけだけどね」
「あ……」
「宗介に愛想つきたらオレにしなよ? 牧野さんならいつでも募集中だから」
そんな求人みたいな……。
でも、自分を振った人に今まで通り接してくれるのはうれしいな。
「愛想つかされないようにがんばるから。晴人が入るスキなんか一ミリも作らないから」
「はいはい」
わたしを守るように秦くんがずいっと前に入ってくるけど、神田くんはよゆうの表情。
小さい子を相手にするように頭まで撫でている。
「ぐぬぬぬぬ……人よりちょっと早く産まれたってだけで……」
いつもは大人びている秦くんが、年相応に見える。
「空ちゃん空ちゃん」
「うん?」
「宗介と付き合えることになった感じ?」
「まだ全然実感ないけど……うん」
「おめでと。でも、あたしともいっぱい遊んでね」
「もちろんだよ。阿部さんはわたしの大好きなお友達なんだから」
阿部さんは人生で初めてできた女の子友達。こうやってレジャーもしたいし、クリスマスとかお誕生日には一緒にパーティーしたい。もちろん勉強会も。
そのことを伝えると、阿部さんは満面の笑みでうなずいてくれた。
「節度は守ってよ。空は茜一人のじゃないんだから」
「むぅ……それを言うなら宗介だって。空ちゃんのこと泣かせたくせにぃ」
「もう、泣かせないから」
一時は奈落の底まで突き落とされたような気分だったけど、このまま最悪な方向に転がらなくてよかったな。
アドバイスをくれたあのお婆さんには、ずっと感謝しよう。
