恋愛初心者①〜落とし物から始まる恋〜


 白いスケッチブックに、鉛筆を走らせる。

 今は、別荘の近くにあった商店街の端に来ている。駄菓子屋や古書店、昔のゲーム機から古着まで売っているリサイクルショップ。異国風な飲食店。


 ベッドタウンとして発展してしまった地元じゃ気軽に見られない光景が広がっていた。


「お嬢さん、とっても上手なのね」

 気がつくと、背後にお婆さんが立っていた。夢中になってたからスケッチブックにカゲが落ちたことにも気づかなかったみたい。

「おとなりいいかしら?」
「は、はい……!」


 興味しんしんって感じで見られるのは緊張するけど、長くは滞在できないから根性論で乗り切らなきゃ。

「その子はお友達?」

 しばらく黙っていたお婆さんだけど、スケッチブックの一点を指差してそう聞いてきた。



「……!」

 完全に無意識の中で描いていたのは秦くん。
 たくさんあるお店の一つで商品を選んでいる。


「あ、えっと、これは……」
「あら」
 青春ね、と朗らかに笑うお婆さんだけど、わたしはそれどころじゃない。

 こんな態度、好きな人って言ってるようなものじゃん……! 諦めるって決めてから重症化してない!?


「その子と、なにかあったの?」

 消しゴムで秦くんを消して誤魔化そうとしていたわたしの手を取って、お婆さんが優しく言った。

 旅の恥はかき捨て……という言葉があるから……。



「わたし、この人が好きです……。でも、別に好きな人がいるみたいで。諦めようって思ってるんですけど……全然諦められないんです」

 考えないように。そう思えば思うほど、意識の中に秦くんを入れてしまう。

「別に好きな人……どんな子かしら?」

「この前、実の兄に恋をしたらどうするって聞かれたので、お兄さんじゃないかなって」


 学校ではもう話題に上がらないけど、好きな人の話をただのクラスメイトに喋るような性格ではなさそうだから。


「実の家族がライバルなのね。手強いわ……」
「はい……」

「あなたは、彼を諦めたい?」
「いえ……。できるなら諦めたくないです。でも、好きでもない異性に好意を向けられるのは、迷惑になるんじゃないかと」

 もう、友達としても見てもらえないんじゃないか。

 普通の女の子のようにかわいくなる努力もせずに、絵ばかり描いているわたしが努力家の秦くんの隣に立とうとすること自体がおかしいんじゃないか。



「わたしはね、こう見えて学生時代すごくモテたのよ」

「え……?」


 人の悩みを真剣に考えてくれるこの人がモテないわけないと思うけど……。


「大学に通っていたときは、たくさん告白してもらえてね。想いに応えられたことは少なかったけど、好かれている事実はとてもうれしかったの。だから、その人も不愉快に思うことはないと思うわ」



「そう、でしょうか……?」

「ええ。だって、あなたが好きになった男性よ? 意中の相手ではなくても、きっと誠実に断ってくれるわ」


 わたしが好きになった、男性……。

 そうだよね。こんな風に思っちゃうのは、秦くんにも失礼だもんね。


「自分の気持ちに折り合いをつけるためにも、伝えてみたらどうかしら」
「で、でも今日、目も合わせてくれなくて……」

「あら、目を合わせてもらうんじゃないわ。自分から目を合わせるのよ。わたしを見なさいってね」


 そ、そんな大胆なことできるかな……。

「どうしても不安なら、変に呼び出したりしないで勢いのままに伝えると開き直って告白できるわよ」

 あ……それならできそう……。好きって思うときは何度もあるから。むしろ、それを口に出さないようにする方が難しい。


「女の子は笑ってる方がいいわ」

 わたしの頭を撫でて、お婆さんは去っていった。
 見ず知らずだけど、わたしが落ち込んでると思って励ましてくれたのかな。


 そう思うと、心がぽかぽかと温かくなった。


「あの人、知り合い?」
「さ、斎藤くん! ご、ごめんなさい……! すごく時間取っちゃったよね……」

 日が暮れそうになってるし、二時間くらいはここにいたんじゃないかな……。


「ううん、取材に行った場所でご飯食べたりサイン書いたりしてたし。さっき戻ってきたところだから」

 いっぱいサービスしてもらったからお腹いっぱい、と苦笑する斎藤くん。
 写真もたくさん撮れたみたいで、カメラを見るその目はキラキラしている。



「空が、元気になってよかった」

「え?」
「茜が心配してた。ぼくと晴人も、心配してた。詳しく知らないけど、宗介と仲直り、できるといいね」
「……うん。ありがとう、斎藤くん」


 みんながわたしを気にかけてくれている。

 宙ぶらりんだから諦めきれないんだ。

 みんなにこれ以上心配かけないためにもちゃんと告白して、振られよう。





「おかえりー! 遅かったから心配したよー」
「ごめんね、楽しくてつい長居しちゃった」


「……空ちゃん、やっと笑ってくれた」

 阿部さんいわく数時間前、別荘を出るまでのわたしは口角を数ミリ動かすくらいで、全然笑えてなかったみたい。

 自分では笑ってるつもりだったんだけどな……。

 笑顔を作ろうとするのって、昔から苦手だからかな。

 お兄ちゃんにもよく「良くも悪くもお前はわかりやすすぎる」って言われるし。
 チラリと秦くんを見ると、パッと目をそらされた。

 うう……へこむ……。
 でも、目をそらされたくらいでクヨクヨしてちゃダメだよね。これから当たって砕けるんだから。


「阿部さん」
「うん?」

「ほ、骨は拾ってくれると嬉しい……」
「するの?」
「うん。ちゃんと諦めるためにも」



「……まかせて」

 今の間はなんだったんだろう……。


「空ちゃんと椋くんはお風呂入っておいで。あたしたちはもう入り終わってるから」
「うん、すぐに戻るね」

「ゆっくりしてきていいよー。ゲーム、ちょっと長くなるかもだから」
 夜ご飯までボードゲームで遊ぶ予定らしい。わたしもやりたいから、やっぱり早めに上がろう。



「阿部さん、お風呂ありがとう」

 客室備えつけのヒノキ風呂はすごく温かくて、無意識のうちに緊張していた体がほぐれていった。


「早かったねー。ちょうど一戦目が終わったとこだよ」

 タイルを並べて自分の都市や道にコマを置いて得点を稼ぐ、というシンプルなゲーム。

 斎藤くんが上がるまで三戦やったんだけど、最後の一戦だけは二点差で神田くんの連勝を止められた。


 一枚で最大九点が稼げる修道院が三枚と、点数二倍の旗がついた国を完成させられたのが大きい。

 点数が高くなることを見越して途中で神田くんもコマを置いてきたから取り合いになっちゃったけど、なんとか死守できた。


「オレの連勝記録がっ……」

 引きの強さと他国への侵略? で一位をキープしていた神田くんは、そのどちらもを潰されて悔しそうに肩をぷるぷると震わせている。

 何度も自分の国を乗っ取られた秦くんと阿部さんはそんな神田くんを嬉しそうにいじっていた。


 わたしには負けたけど、それでも神田くんは二位。でも、楽しそうなのに水を差すのは悪いから言わないでおこう。