恋愛初心者①〜落とし物から始まる恋〜


 青い空、白い雲、どこまでも続いていそうな海。

 わたしは今、阿部さん家の別荘に来ている。


 目の前に広がるのはプライベートビーチ。厳密に言えば阿部さん家のものじゃないけど、海の家も駐車場もないから、人が来ない穴場みたい。


 海なし県に住んでいるから海に写生に行く機会っていうのは中々ない。っていうのをポロッと言ったことを覚えていてくれて、阿部さんが誘ってくれたんだ。

 人数は勉強会組の五人。A組の人は全員誘ったらしいんだけど桐谷くんはお仕事、他のクラスメイトも工場見学の予約とか推しのライブがあるとかでこの五人になった。


 でも、大自然に囲まれて無心になりたいところだけど、心に引っかかることがある。




「おはよう」

「お、おはよ……」
 新幹線に乗るため、早めに駅に着いたわたしは更に早く来ていた秦くんに挨拶をした。でも、返ってきたのはそれだけ。


 いつもなら、ありふれた天気の話で何十分でも盛り上がれるのに。

 わたし、なにかしちゃったかな……?

 合った目を思いっきりそらされたから、きっと気のせいじゃない。


 練習試合前に会ったときは普通だったよね……。

 みんなと一緒に会いにいかずに自分の都合で帰っちゃったのがダメだったのかな……。い、いやいや! さすがにそれはないない!




 ……自分で言い聞かせておいてなんだけど、傷口に塩塗られた気分……。

 いつもなら隣に座ってくれて、たくさん話しかけてくれるのに、新幹線での座席はわたしから一番離れた場所。

 客観的に見て地味で華のないわたしの隣にキラキライケメンの秦くんがいるのはおかしいけど、秦くんはわたしの容姿が地味なだけで避けるような人じゃない。


 これまでのことを振り返ってみて、好かれる要素はないけど仏のような秦くんに嫌われるような行動も取っていないはず……とは思いたいけど……。

 秦くんに甘えすぎていたことで愛想を尽かされたんだって言われたら反論できない。


 斜め後ろに座る秦くんを盗み見ると、窓の外の景色をぼーっと眺めているだけだった。表情豊かな秦くんにしてはかなり珍しい。

 ここが新幹線の中だってことを抜きにしても、普段の秦くんと違いすぎて。
 でも、ときおり見せる憂いを帯びた表情は、息を呑むほど美しい。

 学校でも人気だけど、これはモテるのもわかるな……。


 誰に対しても平等で、感情に任せて声を荒げることもない。努力家で、文武両道。先生からの信頼も厚い。おまけにあの顔。十人中九人は二度見する美しさだからね……。

 わたしも初めて会ったとき、ビックリして変な態度になっちゃったし。


 も、もしかしてそれが尾を引いて……?

 そうだよね、秦くんからしたら振り向いた瞬間に目に入ってきたのは挙動不審になった怪しい人だから……。今考えたら自分でも変だってわかるもん。秦くんが不快になるのも仕方ないか……。

 今後二人で話す機会があるかはわからないけど、なるべく不審者にならないように気をつけないと。


 隣に座っていた阿部さんが寝ていたから、わたしは落ち着いて今後の方針を決められた。

 わたしが秦くんを好きだって知ってる阿部さんが起きてたら、きっと頼ってしまうから。


 せっかく康太くんと仲直りできたのに、大好きな友達に見放されたら、今度こそ立ち直れる気がしない。
 景色をあまり楽しめないまま阿部さんの別荘にたどり着いた。





 そして今に至る。

 秦くんとはまだ目が合わない。
 幼馴染で秦くんをよく知っている斎藤くんですら、あんな風になっているのは中々見ないみたい。

 わたし以外とは普通に話しているから余計に秦くんっぽくないんだって。


 なんとなく、四年前のことを思い出してしまう。

 康太くんに嫌いと言わせたわたしには、誰も話しかけてこなくなった。


 授業で二人一組にならないといけないときだって、わたしはずっと先生と一緒だった。

 実際、康太くんは事実と違うことを思わず言ってしまっただけだったけど、卒業するまで感じていた孤立感がぶり返してきてしまう。



「空ちゃん、大丈夫……?」
「へ、平気だよ! 心配しないで」

 阿部さんはわたしの望みを叶えてくれたんだ。あのときと違って、みんなも普通でいてくれてる。
 わたしが暗い顔してたら失礼だよ。



「これからどこか行くの?」

 荷物を部屋に置いたはずのわたしがリュックサックを背負って玄関ホールに行くと、斎藤くんがいつもよりも大きめのメモ帳を持って近づいてきた。

 小説家だから、お話の取材かな?

「写生だよ。それ用の画材セット持ってきたんだ」
「じゃあ、ぼくも行く。今度仕事で短編書くのに色んなとこ、見て回りたいから」


 阿部さんは厨房のシェフさんとお菓子作り、秦くんは神田くんと一緒に資料用の写真撮影。

 みんなバラバラに行動することになったから、普段の取材で地図に慣れている斎藤くんと一緒に外に出ることにした。


 インドア派だけど小説のためなら参勤交代中の大名もビックリ、日本を徒歩で縦断する覚悟をしてる斎藤くん。


 わたしもそのくらいの気持ちでイラストと向き合わなくちゃ。

 秦くんのことは一度切り離して。


 誠実にならないと自分が納得できる絵なんて描けないから。