「こ、うた、くん……」
目の前の人の名前を呼んだわたしの声は、自分でもわかるくらい震えていた。
「ちょっと。話したいことあるからこっち来て」
康太くんが指したのは少し奥まっていて、人の目が少ない場所。
手首を強引に掴まれているわけでも、圧力をかけるように睨まれているわけでもない。
それでも、恐怖心がわき上がる。
もう、大丈夫になってると思ったのに。
康太くんのことを思い出しても、青葉小でのことを思い出しても、過去のことだって割り切れるようになってたはずなのに。
「そう、だよな……」
体の震えを深呼吸でおさえようとするわたしに、康太くんは落胆したようにそう言った。
「あ、その……」
「ちゃんと、謝りたかった。ずっと」
「…………え?」
康太くんは見たことないくらい落ち込んだ様子だった。
わたしの知っている康太くんは、いつも自身たっぷりで、みんなを引っ張るリーダーシップもバツグンな人だったから。
そんなすごい幼馴染を持てたわたしは幸せ者だ、と思っていたのを覚えている。
「ごめん。あんなこと、言っていいワケなかったのに。クラスのヤツらにからかわれて……いや、こんなの言い訳にしかならないな……」
そのセリフにいつかの神田くんを思い出す。
神田くんもそんなようなことを言ってたな……。
「わ、わたしが康太くんの気持ち、ちゃんとわかってなかったから……。わたしこそ、付きまとってごめんなさい」
優しい康太くんがあんなこと言うなんて、相当追い詰めてしまっていたんだろう。
言葉にしてしまったのはよくないかもしれないけど、原因はわたしにある。
逃げたらダメだよ、わたし。
「つ、付きまとわれてるなんて、思ったことない! むしろ……むしろ……」
付きまとわれてると思ってない……。それは……空気と同じってこと……!?
それはそれでショック……。
「あああ! もう!」
「っ……!」
頭をかきむしって声を荒げる康太くんに、反射的に体が固まる。
「空、好きだ」
顔を真っ赤にした康太くんからの言葉に、さっきとは別の意味で硬直した。
「えっと、茎……ではない?」
「そんなしょーもないことアピールしてなんになるんだ……。す・き・だ。って言った」
わたしは大混乱。思わずマヌケな返しをしちゃったくらい。わたしを客観視したら目がぐるぐるになってると思う。
「康太くんは、トロいわたしにムリして付き合ってくれてたんじゃ……」
「ずっと、初めて会ったときから好きだった。でも、アイツらに騒がれて思ってもみないこと口走ってて……。ほんと、ごめん」
えっとつまり……康太くんには嫌われてない。むしろ、好きでいてもらえてたってこと……?
力が抜けていった。
パラパラと通る人たちが地面にへたり込んだわたしをギョッとしたように見ているのがわかったけど、足に力が入らない。
ずっと、嫌われていると思ってた。
嫌われてて、それを隠して友達を演じてくれていたんだって。
「よかった……」
なんとかしぼりだせた言葉はそれだけ。
「ぅ……く……」
涙があふれて止まってくれない。
「そ、そら!」
康太くんを困らせたらダメ。
今度こそ本気で嫌われる。
わかってるんだけど、押しあてたハンカチにはどんどんシミができていく。
「こぉたくん……わたしたち、ともだちに、なれる……?」
「えっ……友達?」
困惑したような康太くんの声で、涙が引っ込んだ。
やっぱりムリか……。
人に見られたくなくなってから姿勢が悪くなったような気がするし……お兄ちゃんに引きずられるようにして毎日運動はしてるけど、もっと痩せてる方が良いとか?
「康太くんと友達に戻れるなら、なんでもするよ……。ナイスなバディ? にもなってみせる!」
体型は遺伝もあるから難しいかもしれないけど! わたしの中の脳筋を起こしてきたらきっとなんとかなるはず!
「いや、そのままが一番いいから。変な方向に暴走しないでいいから」
地べたに座ったまま宣言したけど、全力で止められた。
「空、俺の友達になって」
少し呆れたような表情だけど、久しぶりに康太くんに笑いかけてもらえた。
「うん」
前のような幼馴染に、戻れた気がした。
◇◇◇
side 康太
「はあ? あんなトロい女、俺が遊んでやらなきゃ誰が口きくんだよ。むしろキライだわ」
俺は四年前、幼馴染を傷つけた。
本当は好きだ。初めて会ったときから好きだった。一目惚れだった。
柔らかい亜麻色の髪に、宝石みたいにキラキラしたひとみ。楽しそうに家族の話をするのも、俺について来てくれるのも、全部が好きだった。
でも、言えなかった。
クラスメイトにからかわれて、「好きなんだろ」って冗談みたいに言われて。
好きなのは当然だ。空以上にかわいくて性格も良い女子なんて、俺は知らない。
だから、ついでに牽制してやろうと思った。
でも、口から出ていたのは全く別の言葉。
運動ができる空をトロいなんて思ったこともなければ、嫌いだと一瞬でも思ったヤツがいたらぶっ飛ばしてやりたい。それくらいの気持ちでいた。
なんなら、他の男子が空に近寄らないようにまでしていた。
それなのに。
最悪だ。
本人が聞いていたのは当然のこととして、俺が空を嫌いと言ったこと。それが一番最悪。
この口を太陽に向かって投げて、焼き尽くしてしまいたいくらい。
「最低……」
唯一気を許していた男子の友人、神田晴人にもそう吐き捨てられ、その日から俺の幸せな日常は終わった。
空と目が合わなくなった。向こうが俺を見ることはないし、俺が空を見ると怯えたように身を縮こませる。
謝罪しようにもどう切り出せば良いか見当もつかない。
そうしてウダウダしているうちに、空は学校に来なくなった。
三年から復学したものの、担任に「私立中学を受験したい」と相談しているのを聞いてからは、ますます謝りにくくなった。俺なんかが勉強の邪魔をするわけにはいかない。俺が話しかければまた空を怖がらせる。
今謝ったって、どうせ俺の自己満でしかない。俺の心を軽くするための謝罪なんか、この世界に存在したらいけない。
なるべく空の方を見ないようにした。考えないように、習い事のバスケにうち込んだ。
でも、その程度で空への気持ちは収まらなかった。練習試合のために来ていた秀英学園で見つけた空に、勢いのまま告白してしまうくらいには。
とんでもない思い違いをされていたけど、ずっとしたかった謝罪ができた。
好きだと言ったら笑ってくれた。
もう二度と、前のような関係には戻れない。だけど、空は俺を許して、友達になりたいと言ってくれた。
今はまだ友達でもいい。
いつか、空に誇れる自分になったら改めて告白するから。
