「空、ちょっといいかな」
「うん? どうしたの?」
昼休み、海外の配信者さんがやってる英語のラジオを聴きながらお弁当を食べてたわたしに秦くんが話しかけてきた。
「テスト終わったあとの土曜日って空いてる?」
「来週の土曜日? うん、空いてるよ」
用事があったとしても、画材を買いに行くか、インスピレーションをもらいに散歩に行くかのどっちかしかないから空けられる。
「部活で練習試合あるから見に来てほしいんだ」
秦くんってたしかバスケ部だったよね? 五月の地区大会には出てなかったみたいだから、デビュー戦になるのかな?
「うん、行くよ。何時から?」
「十時半から四時ごろまで。お昼休憩は十二時から一時半の間。会場は大学の方の体育館だから迷うことはないと思うよ」
大学の方の体育館……。
あ、あそこか。わたしも授業で何度か使ったから場所はわかる。
中学校にある普通の体育館と違って客席があるから、色んな室内競技大会の会場になってるんだよね。
「これ、当日の参加校と対戦表。渡しておくよ」
「ありがとう、誘ってくれて。全力で応援するね」
「ん。邪魔してごめん」
「全然。平気だよ」
対戦表を見ると、秀英学園に近い立地の中学校が書かれていた。
その中に見覚えのある学校名を見つける。
「青葉第一中学校……」
お兄ちゃんの母校で、わたしが行く予定だった学校。
そして、青葉小出身ならほぼ全員が行く中学校。
そういえばスポーツ少年団に入ってたころの康太くんは一中バスケ部に入るって言ってたっけ。全国大会出場歴があるからって。
「はあ? あんなトロい女、俺が遊んでやらなきゃ誰が口きくんだよ。むしろキライだわ」
…………。
個人的な感情にもなっちゃうけど、秀英学園のバスケ部には優勝してもらいたいな。
でも「絶対勝って」なんて外野のわたしが言うのは無責任すぎる。
四年生のときに出たアーチェリーの大会で、コーチのプレッシャーに負けてことごとく外した思い出があるし……。
「――ということで、お守りを作りたいんです」
わたしはその日の放課後、部活を休ませてもらって家庭科の先生のところに行った。
おっとりした女性の先生で、フレンドリーな先生が多い秀英学園の中でトップクラスに話しかけやすい空気をまとっている。
「クラスメイトに必勝お守りを……青春ねぇ……」
「は、ハンドメイドはあまりやったことがないので手縫いで簡単にできるやり方を教えてほしくて……」
「いいわよ。カワイイお守りにしましょ」
「はい!」
先生はすぐに布や裁縫セットを準備してくれて、お弁当食べ終わってから考えたデザインをもとにさっそく作る。
「文字を入れるなら刺繍の方が見栄えするから挑戦してみない?」
「がんばります!」
刺繍……難しそうだけど、やればできるはず! がんばれわたし!
すごく緊張するけど、失敗したらやり直せばいい。物を作っていたらいつものこと。先生もいるんだから大丈夫!
「先生、こうですか?」
「そうね……これだと最後に歪みが出ちゃうからこんな感じで……」
「はい……こ、こんな感じで……」
「上手よ」
金色の刺繍糸で『必勝』と、ひと針ひと針、心を込めてに刺していく。
少し不格好でも気持ちがこもっていたら相手は喜ぶ。
それをあざ笑う人は最低だよ。
これが最初に先生に言われたこと。
でも、秦くんに渡すなら自分で納得できるものがいい。
「で、できた……!」
その日のうちに満足いくものが完成せず、家に持ち帰ったわたしは毎日家で刺繍の練習をした。
たった七センチのお守りを一つ作り上げるのに四方三十センチの布を使いたおしてしまったけれど、最初のものに比べると、ずっとバランスがとれた文字になっている。
これを渡したら、秦くんはどんな顔するかな。
笑ってくれるかな。
それとも、カッコよく「がんばってくるよ」って言うかな。
お守りひとつで相手のことを想像して、心臓が痛いくらいにドキドキしてる。
体育祭のときから心に引っかかっていた違和感。
友達や家族に対する好意とは違う気持ち。
会うだけで幸せな気持ちになって、別れるときは寂しいと思う。
一緒に帰れば、まだ駅に着かないでほしい。そう願ってしまう。
「わたし、秦くんのこと……好きなんだ……」
一度口に出してしまった想いは大きくなって、胸が温かくなっていく。
ううん、湯気が出ちゃいそうなくらい熱い。
ベッド脇に置いてあるクマのぬいぐるみを抱きしめて顔の熱が冷めるのを待った。
明日からどうしよう……。
今まで通り過ごせるかな。
秦くんはお兄さんが好きみたいだけど、ちゃんと諦められるかな。
前に相談されたことを思い出すと、体が少しずつ冷えていった。
「失恋、かぁ……」
初恋は実らないもの、と言うけれど、本当にそうだ。
「決めた。これを渡したら、ちゃんと諦める」
ちゃんと友達として秦くんを見ないと。
……できるかなぁ。
