五人で勉強会をした日から、神田くんの表情が柔らかくなっているような気がする。
キラキラの笑顔もよかったけど、いい感じに力が抜けた笑顔に先輩たちも骨抜きになっていた。
あれ以降、神田くんは勉強の話をよくしてくれるようになった。
勉強会メンバーと一緒いるときだけじゃなくて、他のクラスメイトの前でも自分の好きなことの話をしていることが多くなっている気がする。
◇◇◇
勉強会の日の夕方。
「牧野さん、ありがとう」
最寄り駅が一緒だからと二人で帰っていたとき、神田くんはわたしにそう言った。
「ありがとうって?」
「オレが自分をつまらない人間だって言ったときに怒ってくれて。オレの好きも、オレの性格も否定しないでいてくれて」
泣いた名残で少し目元は赤くなっていたけど、なにかが吹っ切れたような、清々しい表情をしていた。
「オレさ。小学生のとき、顔の割に話が面白くないって言われたんだ。そっからは兄貴のマネして、聞き役に回って、みんなが求める言葉を吐いて。話してて楽しいって言われるようにはなったんだけど……。結構トラウマになってたみたいだ」
恥ずかしいからみんなには秘密だよ、と人差し指を口に当てる神田くん。
自分を否定される辛さはよく知っているから、軽い感じで言った神田くんに自然な笑顔を返せてたかどうかはわからない。
でも、過去のトラウマも笑い話にできたら、という意図は伝わってきた。だからなにも言わない。
「大事な人を傷つけられるのは、自分が同じことされるより辛いからね」
自分で自分の傷口に塩を塗るのを見るのはもっと辛い。あのときそこまで考えていたかは別として、今のわたしの気持ちを伝えた。
「好きの言葉をあんなに温かいと感じたのは初めてだった。本当に、うれしかったんだよ」
うまく言葉にできなかったこともあったと思うけど、今の神田くんは前よりも魅力的に映った。慣れないことした意味はあったかな。
「よかった」
しばらく無言の時間が続き、駅に着いた。
「神田くん、バスあと八分で――」
時間確認のために見ていたスマホから顔を上げたわたしは、頬を赤くした神田くんと目が合った。
「どうしたの? ま、まさか熱……!?」
ど、どうしよう……とりあえずどこかに座らせた方が……。
「牧野さん」
オロオロするわたしに、芯の通った声がかけられる。
声がしっかりしてるから、熱……ではないのかな?
「大事な人って、牧野さんにとってどんな人?」
え?
大事な人の定義か……。難しいな……。
「失いたくない……は抽象的すぎるし、自分の命より大事……は重すぎるよね……。うーん……。一人のときでも顔を連想しちゃうとか、早く会いたくて朝になるのが待ち遠しくなるとか?」
中学校に入ってからは毎日が楽しくて、みんなに会うのが待ち遠しい。土曜日の授業をわたし以上に待ち望んでる人はいないんじゃないかって思うくらい。なんなら日曜日も授業でいい。
「その中にオレはいる……?」
「……?」
首をかしげたわたしに、しまったと思ったのか自分の口を塞ぐ神田くん。
ひと呼吸おくころにはさっきまでの表情は消えて、いつもの神田くんになっていた。
「なんでもない。帰ろ」
「――いるよ」
ここで答えなかったら、神田くんは一生作り笑顔しか見せてくれないかもしれない。
そう思ったわたしは、しっかり聞こえる声で言った。
「いるよ。当然」
神田くんは一言。
「オレも」
ここが駅のホームであることを忘れて見入ってしまうくらいの満面の笑みを見せてくれた。
◇◇◇
――ということがあり、神田くんが楽しそうにしているのがうれしい。
「空、なにかいいことでもあった?」
それが顔に出てしまっていたらしい。
休み時間のときに隣の席の秦くんにそう聞かれた。
「うん、すっごくいいことだよ」
自己紹介で同じ小学校って知ったときは不安だったけど、わたしと神田くんを繋いでくれたっていう意味で感謝しないと。
「へえ……。なんか、羨ましい」
秦くんはすねたようにそう言う。
あ! 別にわたしが神田くんをひとりじめしたいとか、そういうのは全然ないから! 大丈夫だよ!
「なになに? オレが牧野さんばっかりにくっついてて寂しいの?」
「ちがっ、いや、ちがくはないけど……そうじゃない……そうじゃないんだよ……」
飛びついてきた神田くんを軽くいなしながら、ゲンナリする秦くん。
あれ、違った?
「宗介、もしかして――」
「わあぁぁぁああ!」
いつの間にかいた斎藤くんの口を塞ぐ秦くんに、神田くんがツボに入った。
斎藤くんは口に押し当てられた手を引き剥がそうとするけど、スポーツ男子の秦くんにインドア派代表みたいな斎藤くんが勝てるわけもなく、モガモガと抵抗の意思を示すだけになっている。
秦くんになにかを耳打ちされてそれもなくなったけど。
「宗介が人間になった」
あとから変なことを口走ってたけど、酸欠で変になっちゃったのかな。
