「神田くんってつまんないんだね」
「もっとおもしろい話できない?」
「キャラ違いすぎ」
オレは小学校でずっとそう言われてきた。
父親譲りの軟派な顔立ちと母親譲りの細い線が、オレの性格を他人に勘違いさせていた。
実家がしゃれた飲食店なのに「趣味はなにか」と聞かれたらジオラマ作りか珠算としか答えられない。強いて挙げるなら地理オタク。
小二のとき、幼馴染に暴言を吐いた水谷康太と絶交してからは友達らしい友達もできなかったから、他人に愛想を振りまくようにした。
好きなことの話は一切しない。聞き役に回る。
モデルは器用でモテる兄。
ただ、モテたいわけではない。つまらないと言われたくないだけ。
オレはもともと真面目な性格だから、努力はトクイだ。オレの評判は「チャラそうなのにつまらない男」ではなく、「見た目通りの男」に変わった。
人というのは実に単純である。オレに「つまらない」と言った女子も、過去の言葉を忘れて近寄ってきた。
今更「一緒にいて楽しい」と言われてもうれしくないけどな。
「ここ、受けてみろよ」
自分を隠し始めて数年。兄からすすめられたのが、秀英学園大学附属中学校。通称、秀英学園。
両親の営む店がその近くにあったから、存在自体は知っている。
興味が湧かなかったからそれ以上のことは調べていない。
「ここでオレが真面目になってもいいと思ってるの?」
「小学校から私立に行くヤツなんて、親がスパルタかよほどの変人しかいないだろ。あと、愛する弟をバカにするキツネどもが中学で私立に行くと知ってむせび泣く姿が個人的に楽しみだ」
悪い笑みを隠すこともしない兄のこの本性を、彼に恋する女性に見せてやりたい。ブラコンがすぎている気がする。
「記念受験になるかもしれないけど、やるだけやってみる」
受かる気はしないものの、これ以上はオレの表情筋がもちそうにない。
作りたいジオラマも、習い事のそろばん教室も休んで過去問題と向き合う毎日。
そのかいあってか、オレはAクラスに入れた。倍率の高い学校で、更に上位十人しか入れない化け物クラスに入れるなんて、自分でもビックリだ。
だけど入学式当日、オレはその驚きを上書きされた。
A組十番。牧野空。
新入生呼名でそれを聞いたとき、水谷康太との記憶が呼び起こされた。アイツは幼馴染を、空と呼んでいた。暴言を吐いたその翌日からは、牧野と。
容姿も、髪が伸びていること以外は聞いていた通り。
それだけなら他人の空似もありえたかもしれない。でも、彼女は親睦会の席でオレと同じ小学校出身だと言った。
二人になれる時間を使ってもらって、当時のことを謝罪した。
言い訳ばかりのオレだったけど、牧野さんは気を悪くすることもなく、オレを許してくれた。良くも悪くも影響力のある水谷から暴言を吐かれたことで学校にいづらくなったはずなのに。
なぜかとてつもない思い違いをしているみたいだったけど。
許すどころか友達になろう、なんて……。
不思議と今までのような嫌悪感はなかった。
「もしオレが見た目と違うことしても、みんなは受け入れてくれるかな」
「第一印象と違うのは個性にしかならないよ。想像してたのと違うってだけで否定される理由なんてないんだから」
気づけばこぼしていた独り言にも、牧野さんは返事をしてくれた。心を暴かれたみたいで少し恥ずかしいな。
体育祭が終わり、この調子でいけば小学校のときのような失敗は犯さない。
そう安心していた矢先、オレはやってしまった。
クラスメイトの家でテストに向けて勉強会をするのはいい。人に教えるのも苦じゃないからいい。
問題はその内容。
牧野さんに地理を教えることになったオレは、聞かれてもいないことまでベラベラとしゃべってしまった。
授業で扱われたことがないものも多くあったから、テストで役立つどころか余計な知識がノイズにしかならない。
血の気が引くのが自分でもわかった。
牧野さんの表情は見えなかったけど、きっとドン引きされている。
「ごめん……」
楽しくない話しかできなくて。
こんなつまらない人間で。
「そんなことないよ!」
座るのもためらわれる高そうなイスを倒しそうな勢いで牧野さんが立ち上がった。
「神田くんとしゃべるの、楽しいよ! たくさん教えてくれるのも物知りだって思うし、地図帳の書き込み見たら努力家なんだって一発でわかるし、偉そうなんて思わない! もし神田くんのことつまんないって言う人がいたらわたしが反論するよ!」
牧野さんの声は、怒っているのに少しだけ震えていた。
「謝らないでよ。大事な友達をバカにするのは本人でも許さないんだから!」
「まきの、さん……」
あまりの勢いにイスの上で後ずさりそうになったオレに、宗介たちがつけ足した。
「俺も空と同意見だよ、晴人。なにがあってそう思ったかは知らないけど。尊敬する」
「あたしもニガテ科目ばっかりだから尊敬してるよ〜!」
「全部そこそこにできるより、他がイマイチでも一つ飛び抜けてるのは、強いと思う。極めたら、換えがきかないから」
口数が多くない椋にまでプレゼンされた。
「オレが、真面目でもいいの……?」
入学してからもオレの中にずっとあった疑問。
あの日から隠してきたオレの本当の姿。
清水の舞台どころか富士山の火口に飛び込むくらいの気持ちでそう聞いたオレに、牧野さんはあっけらかんと言った。
「性格とか気質に他人の許可なんかいらないよ。どっちでも、みんな神田くん好きなんだから」
好き。飾らないその言葉に、全身の力が抜けていった。
「……そっか」
どれだけ伝えられても全く響かなかった「好き」の二文字が、こんなにも温かい。
頬を水滴が伝うのを感じたけれど、みんなはその程度で笑うような人間じゃない。
厚意に甘え、好きなだけ泣かせてもらった。
