恋愛初心者①〜落とし物から始まる恋〜






 体育祭が終わったら、次の学校行事は一学期末テスト。

 教科書は公立と同じのを使っているみたいだから基礎は同じなんだけど、レベルの高い学校だから教科書の内容がそのまま出るわけじゃない。それに先輩たちいわく、応用問題も多く出るみたい。


 というか、暗記だけで挑んだら確実に赤点だとも言われた。お、恐ろしい……。高校入試の過去問題とかもいくつか出されて、英語のリスニングも難しいんだって。

 入試のリスニングも難しかったのに、定期テストは大丈夫かな。特別推薦枠で入学したら、毎回の定期テストで十位以内に入らないといけないから、これからは普段以上に勉強漬けになるな……。




「空ちゃんたすけてー!」

 テスト二週間前になったころ、阿部さんから勉強を教えてほしいと言われた。

 気合と根性でA組に入ったから、今までと違う授業のスピードに追いていけなくなったらしい。わたしとしても人に教えることで記憶に残りやすいから、よろこんで受けた。


 そしたら秦くんや神田くん、斎藤くんも参加することになって、勉強会が開かれることになった。

 他のクラスメイトは一人の方が集中できるみたいで不参加。


 わたしたちは週末、阿部さんの家に集まった。阿部さん家の最寄駅で合流してから参加者みんなで。

 家、というよりはお屋敷? 豪邸?

 広いお庭には色々な形のトピアリーが置いてあって、フラワーアーチもかわいい。


 チラッと見えたテニスコートやプールは見ないふりをして、高さ五メートルくらいありそうな玄関をくぐった。

「いらっしゃい! お茶とお菓子持ってくるからリビングで待ってて!」
 パーティールームみたいな大きいリビングは、お客さんを招くための場所なんだって。会議室っぽいかな。家族用のはまた別であると教えてもらった。


 テーブルとイス以外はなにもないから集中できそう。
 席について問題集を広げたところで阿部さんが戻ってきた。

「おまたせ!」

 お茶菓子のもなかを食べたら勉強開始だ。
 まずは分野をハッキリさせるところから。

 わたしは国語の文章読解ができて、英語が全くできない。
 入試は過去問題と暗記でなんとかなったけど、わたしの認識だとギリギリだった。


 今回助けを求めてきた阿部さんは理科がずば抜けていて、社会と国語が怪しいみたい。
 地理の気候帯と国語の小論読解が特にできないんだそう。神田くんと秦くんも国語がニガテだって言ってたからわたしが受け持つことになった。

 わたしのことは秦くんが教えてくれる。国語の長文読解はニガテだけど、英語だとできるようになるらしい。

 日本語は小論文とか評論で難しい言葉を使われるから、わかりにくいのかな。国語の教科書に出てくる文章は子供向けの本じゃない、なにかの入門書とか古典文学の抜粋が多いから。


 逆に、学校のテストに出されるような英文は主要な単語と文法の法則さえ覚えておけばなんとかなる……みたいな?


「国語はまかせてね!」
「英語も俺がなんとかできるから」

「ぼくも情報と技術以外の科目、大体全部できる。わからないの聞いて」
「オレも地理はめっちゃトクイだから頼ってくれていいよー」


「みんなありがとう……! できそうな気がしてきたよ!」

 阿部さんはそうガッツポーズをして、すでに一周してある国語の問題集を開いた。

「まずはここの読解から聞きたいんだけど――」
「あ、これはね――」



 途中でお昼ごはんをはさんで試験対策をすること五時間。

 わたしは神田くんの知識量に驚いていた。
 地理を教えてもらってるんだけど、教科書にのってないことまで深く知っていた。


 工業地域と工業地帯の違いがよくわからなくて聞くと、その歴史や生産額から有名な生産物、物流関係まで教えてくれた。たくさんのメモ書きがされた白地図と地図帳を使って。

 いつの間にかみんな、自分の勉強を止めて聞き入ってた。地理がトクイらしい秦くんもメモを取っていたくらい。



「だからここは――」
 一を聞いて二十くらい教えてくれたところで神田くんがハッとしたように口をつぐんだ。


「ごめん、しゃべりすぎた」

 その顔は真っ青だ。

 当然、わたしたちは大あわて。石像のように固まってしまった神田くんに麦茶を飲ませてみたり、阿部さん家のシェフさんが作ったスイーツを渡してみたり。


 でも、神田くんは聞き取れないくらい小さな声でなにかを呟くだけで全く反応しない。

「神田晴人!」

「……!」

 お腹から出したような秦くんの声でようやく戻ってきた。



「どうしたの?」
 しばらく口を貝のように閉ざしていた神田くんだけど、やがて観念したように教えてくれた。

「偉そうにしてごめん」


 どうやら、聞かれたこと以上のことを話すと知識をひけらかしていると思ってしまうタイプらしい。


「こんな、楽しくないような話しかできんくて……」

「そんなことないよ!」



 ビックリするくらい大きい声が出た。だって、神田くんが自分を責める必要なんてどこにもないんだもん。

「神田くんとしゃべるの、楽しいよ! たくさん教えてくれるのも物知りだって思うし、地図帳の書き込み見たら努力家なんだって一発でわかるし、偉そうなんて思わない! もし神田くんのことつまんないって言う人がいたらわたしが反論するよ!」

 だから……。
「謝らないでよ。大事な友達をバカにするのは本人でも許さないんだから!」





「まきの、さん……」

 あっけに取られたような神田くんの表情にやってしまったと思うより前に、秦くんが口を開いた。

「俺も空と同意見だよ、晴人。なにがあってそう思ったかは知らないけど。尊敬する」
「あたしもニガテ科目ばっかりだから尊敬してるよ〜!」
「全部そこそこにできるより、他がイマイチでも一つ飛び抜けてるのは、強いと思う。極めたら、換えがきかないから」

 秦くんに続いて阿部さんと斎藤くんもそう言った。



「オレが、真面目でもいいの……?」

 すがるような表情でもイケメンなのは変わらないけど、言ってることはまるで理解できない。

「性格とか気質に他人の許可なんかいらないよ。どっちでも、みんな神田くん好きなんだから」


 クラスでも部活でも、神田くんのそばには常に誰かがいる。それを本人がどう思っているかはわからないけど、あれで好かれてないとは言えないよね?













「……そっか」
 全ての力が抜けたように一言つぶやいた神田くんから、ポタリと雫が落ちる。


 失望からくるものではないことは、察しが悪いわたしでもわかった。