妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

 イノーラの服装は華やかなドレスではなくひざ丈の緑のワンピース。
 クロード王子はシャツに濃紺のズボンを履いていた。

 逃亡の過程で路銀が尽きたのか、平民に紛れるべくわざとその格好をしているのか、二人とも、一国の王子とその妃が身に着けるには到底相応しくない安物の服を身に纏っている。着飾ることが趣味のイノーラにはさぞストレスだったに違いない。

 リュオンの手を握り、私は覚悟を決めて息を吸い込んだ。

「イノーラ!」

 辺りの喧噪に負けないよう大声で名前を呼ぶと、イノーラとクロード王子は揃って大通りと細道の交差点に立つ私を見た。

「セレスティアぁ――!!」

 イノーラは目をつり上げて悪鬼の形相になり、人で溢れる目抜き通りを一直線に私に向かって走り出した。

 イノーラに体当たりされた小さな子どもが地面に手をつこうと、肩をぶつけられた女性が悲鳴を上げてその手から焼き菓子を落とそうとお構いなしだ。

 私に逃げる暇も与えず、十メートルほどの距離を瞬く間に縮めたイノーラは私の眼前で踏み切って右足を振り上げ、全力で私を蹴り飛ばそうとした――のだろう。が。

 私の横から飛び出したノエル様が絶妙なタイミングで軸足を払ったことによって目論見は失敗に終わった。

 無茶な走り方をしていたせいでろくに受け身も取れず、もんどりうって倒れる。
 自業自得とはいえ、顔面を打ったようなのでさすがに心配になった。

「『だ、大丈夫かいイノーラ? しっかりして!』」

 膨らんだお腹を揺らしてクロード王子がイノーラに駆け寄る。