妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

「ノエル様、駄目です。堪えてください」
 私も慌ててノエル様の背中に触れた。

 大好きな兄を侮辱されたのだ。
 ノエル様の怒りはもっともだが、領主の息子が領民を刃物で脅せば大問題に発展しかねない。

「ノエル、俺は大丈夫だ。いちいち気にしていたら身が持たないからな。行こう」

 ノエル様の腕を叩いて、ユリウス様は気丈に笑った。
 その笑みを見て、ノエル様は苦い薬でも飲んだような顔でナイフを戻し、私はそっと唇を噛んだ。

 でも、ユリウス様。
 私は知ってるんです。リュオンの反応で気づいてしまいました。

 リュオンがいなかったらユリウス様は猫になってましたよね?
 心構えがあれば女性《わたし》が触れても平気になったのに、相当なショックを受けた証ですよ。

 何事もなかったように歩き出したユリウス様の後を追いながら、私はリュオンと繋いだ手を強く握った。

 リュオンも私の手を握り返した。
 多分、私が胸に抱いている想いと彼の想いは一緒だ。きっとノエル様も。

 ――ああ、どうか、これ以上誰も嘲笑しないで。

 お願いだから、ようやく立ち直りかけているユリウス様を打ちのめすようなことを言わないで。

 一か月をかけて女性に慣れ、少しずつ行動範囲を広げ、やっと川沿いの道を歩けるようにまでなったのに――これではまたユリウス様が人間の世界に絶望して家に閉じこもってしまう。

 やっぱり人間より猫がいい、なんて悲しいことを、ユリウス様に思わせないで。