妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

 名家同士の結婚だけあって、王都の教会には大勢の人間が詰めかけたという。

 いかにエンドリーネ伯爵家に力があろうとも人間の口を塞ぐことは出来ない。

 結婚式当日に花嫁が逃亡した話は瞬く間に広まり、ユリウス様は社交界の笑い者となった。

 ユリウス様が人の目を畏れて引きこもってしまうのも無理はない。

 逃亡した花嫁の実家からは後日莫大な慰謝料が支払われたそうだが、お金で傷ついたユリウス様の心が癒せるはずもなかった。

「……ユリウス様。焦らないでください。ユリウス様は愛した女性から最悪のタイミングで裏切られたんです。そう簡単に立ち直れるわけがないことくらい、みんなわかってます。焦れば焦るほどそれはユリウス様の心労《ストレス》になってしまいます。猫化を加速する悪循環です。だから、焦らず、ゆっくりいきましょう?」

 私は長椅子から下りてユリウス様の前に屈み、床の絨毯に膝をついて目線を合わせた。

「こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、私は誓約書にサインをする前に花嫁が逃げてくれて良かったと思っています。だって、婚約者であるユリウス様のお気持ちや、最高の結婚式にするために色々手配や準備をしてくださったであろう式場関係者や、ノエル様のようにわざわざ休暇を取って参列した人たちの迷惑も顧みず、結婚式当日に恋人と駆け落ちするような人ですよ? そんな不誠実な人と結婚しても、後々ユリウス様が苦労していたのは目に見えています。ですから、ここは前向きに考えましょう。結婚前に尻尾を出してくれて良かったと!」
 私は胸の前でぐっと拳を握ってみせた。

 予想外の言葉だったらしく、ユリウス様は紫色の目を丸くして私を見ている。
 私は手を下ろして微笑んだ。