妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

「……そうね。気にしないようにするわ」

 目元を拭って頷く。
 議論はしたくない。
 彼は腹部にも傷を負っている。喋る度に痛むはずだった。

「リンゴがあるのだけれど、すりおろしたら食べられそうかしら?」
「食べる」
「わかったわ。少し待ってて」
 私は椅子に座って果物ナイフを手に取り、リンゴの皮を剥き始めた。

 二人きりの部屋に沈黙が訪れ、吹き込んだ風に茶色のカーテンの端が揺れる。

「あのさ、セラ。前から聞きたかったんだけど。なんで逃亡先にロドリーを選んだんだ?」
 リュオンが話しかけてきた。

 リンゴを剥く手が止まりそうになり、意識して再び手を動かす。

「どうしてそんなことを聞くの?」
「いや、レアノールから逃げたいなら、隣のウルガルド帝国に逃げ込んだほうが良かったんじゃないかと思って。敵国に逃げてしまえば追われることもないだろ?」

「……それは、そうなのだけれど……全てを捨てて逃げると決めたとき、頭に浮かんだのはウルガルドではなくロドリーだったのよ」

 一度だけ家族旅行で訪れた国。
 私の手を握って笑った男の子がいた国。

「その……リュオンに会えるかなと思って……」

 リュオンはどんな顔をしているのか。
 とても確かめる勇気は出ず、私は皮を剥き終えたリンゴを金属製のおろし器ですりおろすことに集中した。