放課後、駅のホームにアナウンスが響くーー。
ホームから見える11月の空は、あっという間に鮮やかなオレンジ色に染まっていく。
鼻を掠める空気がつめたくて、強く鼻をすすった。
今日、文化祭が終わった。
俺は両手をポケットに突っ込んで、ぼーっと遠くの空の色が変わるのを見ていた。
「ねぇ、映研部の映画観たー?」
目の前を通り過ぎる女子生徒たちから、そんな話題が聞こえた。
「観た観た」
「おもろかったよねー」
「えー。ウチよく分からんかった」
「うっそ。なんか頑張れーって思った」
「それおもろかったっていうの?」
「えへ。でも刺さった」
自然とニヤつく顔を、下を向いて隠した。
背後で、下り列車が出発を待っている。
何人か小走りで乗り込む姿にチラリと目をやる。
プルルルルルル…
『ドアが閉まります。
かけ込み乗車はおやめくださいーー』
言われたそばから階段を駆け下りてくる制服が目に入る。
見覚えがある気がして、目で追いかけた。
電車の扉は、彼女を待つことなくーー
容赦なく閉まった。
ガタン、ゴトン、と音を鳴らしながらゆっくり動き始める。
走り去る電車を横目で見送る彼女。
やがて、視線が交わった。
「あっ……」
彼女は、一瞬立ち止まってから、こちらに駆け寄った。
「…閉められちゃった」
そう言って前髪を手で整える。
反対の手には映画ノートを抱えてる。
「知ってる。見てた、一部始終」
「あはは、お恥ずかしい」
くしゃりと笑う横顔に、つい視線を時刻表へと移す。
少し黄ばんだそれは蜘蛛の巣まみれで、顔が歪んだ。
「…終わっちゃったね。文化祭」
彼女は線路を見つめて静かにつぶやいた。
俺は時刻表の文字を意味もなく辿りながら答える。
「ずっと上映会場に居たよな、楠木さん」
「み、見てたの?
なんか、お客さんの反応が気になっちゃって…」
彼女は頭のてっぺんに手を置いてそう答えた。
「どうだったの、客の反応」
「うん…あのね、みんな表情コロコロ変えて観てくれてたよ。途中の暗転から明るくなる演出のとこなんかすごい湧いたんだから」
俺はそのシーンを思い浮かべて、笑った。
彼女は、「あ!」と一瞬踵を浮かせてこちらに体を向ける。
「過去パートと現在パートの切り替わりの演出の完成度やばかった。毎回違うのにして正解だったよね!主人公の心情とも比例してたし、スクリーンで観ると臨場感も桁違いだよね!それに……」
そこまで一気に喋ったところで、止まった。
「それに?」
俺は、相変わらずの饒舌をもっと聞きたくて催促する。
「…それに、エンドロールが終わるまで誰も席を立たずに観てくれたの。鼻をすする音も聞こえてさ、グッと来ちゃった」
彼女は、少しトーンダウンした声で噛み締めるように言うと、また線路に視線を落とす。
ようやく直視できたその横顔を見て、一瞬考えた。
ガラにもなく数秒、間が空いてしまった。
「…俺はさ。
エンドロールのクレジットに俺らの名前流れた瞬間ーー、」
“楠木さんの姿を探した”
喉まで出かかって、言うのをやめた。
線路の向こうから、カラカラと風に押されて転がる落ち葉の音が鮮明に聞こえる。
「…あれは、やばかった」
無意識に、鼻に手がいく。
さっきの女子生徒たちのはしゃぐ声が、遠い。
「……うん!私もやばかった」
楠木さんは鼻にシワを寄せて笑った。
「もう来年が楽しみ」
彼女がパラ、と開いた映画ノートを横目で見る。
初めてこのノートを拾った時より、少しだけ増えた余白。
それを見て、俺はバレないように笑った。
ピンポンパンポーン
『間もなく上り列車が到着します。
黄色い線までお下がりくださいーー』
階段の向こうから、オレンジ色の夕日に照らされた車両が近付いてくる。
「じゃ。また」
俺は右手を上げ、黄色い線に立った。
キィィィと音を立てながら停車した電車に乗り込む。
ホームに目をやると、こちらを見てポツンと立つ彼女の姿があった。
また、乱れた前髪を整えている。
電車が動き始めてから、もう一度視線を向けると、彼女の口元が短く動いた。
扉にもたれかかっていた体を持ち上げたけれど、どれだけ覗いてももう見えない。
「…何言ってんのか分かんねぇよ」
俺はそうぼやいて、流れゆく景色を追いかけた。
来年の文化祭。
どこからスクリーンを見てるだろうな。
…まぁ、どこでもいいか。



