そう。お昼ご飯である。
「お、おぉぉ……っ」
はじめて使う食堂の広さやキレイさはもちろん、何より、頼んだ日替わり定食のクオリティーに圧倒される。
ハンバーグ、唐揚げ、サラダ、味噌汁、白米。
主役級のお肉が二種類もあるなんて、ちょっとワガママメニューすぎやしないか。
味噌汁も溢れんばかりに具沢山で、このお椀の中だけでも目移りする。
うわ、このハンバーグ、箸で切れる。肉汁がすごい。この皿の上でプールが作れる。
唐揚げも下味がしっかりしていて飽きがこない。お調子者に見えて、本当は陰でたくさんの雑用もこなしてみんなを支えてくれる、根っからのいいヤツだ。
サラダのシャキシャキ加減はチアリーダー並みに元気をくれるし、白米なんてツヤ加減が眩しくて……美人なのに気取らず、僕なんかにもすごく優しい。
お母さんが作った料理はもちろん大好きだし、自分で作る弁当もそれなりにできていると思うけど、やっぱり材料からして質が違うんだろうな。すごい。口の中がずっとお祭り騒ぎだ。
はあ……みんな、毎日こんなものを食べていたのか……すごすぎる……。
たっぷり堪能して、食器を下げる。
そこでふと、テーブルに一人突っ伏している男子を見つけた。
「……水野くん?」
「んぁ」
眠り姫こと水野くんは、ぼんやりと顔を上げた。
眠そうに目を瞬かせ、僕を見る。
「……あ。ソーマくん。おはよぉ」
「おはようって、もう昼だけど……」
食堂でも寝てるんだ。眠り姫の名に恥じなさすぎる。
周りの女子がヒソヒソと「あ、起きちゃった」「寝起きもかわいいぃ……」なんて囁いてるのによく眠れるもんだ。
「お昼ご飯は大丈夫なの?」
「もう食べたぁ。ソーマくんも食べたの?」
「あ、うん。すごくおいしかった」
「良かったね」
求められてもいない感想を答えてしまった僕に、彼はのんびりと笑った。
それからペチペチと隣の椅子を叩く。
……座れってこと?
ま、周りの目が気になる……。
庶民が人気者の隣にだなんて……って視線をひしひしと感じる。
だけどどうにも断れる空気でもない。
仕方なく、いつでも逃げられるように浅く腰かける。
僕は思いきりキョドキョドしているのに、水野くんは満足そうにうなずくと、大きくアクビをした。
大口を開けてもイケメンが崩れないんだから、なんというか、僕とは違う生き物だ。
せっかくなので、ちょっと気になることも聞いてみる。
「あのさ、気を悪くしたら答えなくてもいいんだけど……」
「うん?」
「火和くんや金泉くんの嗅覚や聴覚がすごいっていうのは何となくイメージできるんだけど、触覚がすごいってどういうことなのかな。変装もできるって言ってたけど……」
「あーね」
あっさりと同意のような、共感のような雰囲気で相槌を打った彼は、おもむろに僕の手を握った。
それから腕や肩を触り、腰、足と下がっていったかと思うと、急に頭を撫で、最後には頬を挟み揉み込んでくる。
モミモミモミモミ……。
「ちょちょちょ、何⁉」
「……んー。ソーマくんの身長は百五十七ってとこかな。今の体温は三十六度六分。右利き。昨日は遅くまで起きてた? 肩の強張りとクマがちょっと目立つかも」
「んぇっ」
次々と当てられて(今の体温なんて僕にもわからないけど)、カステラの半紙を飲み込んだ後で「食べちゃいけないんだよ」と知らされたときのような声が出る。
ちなみに過去の僕は世界一おいしい紙だと思っていた。黒歴史だ。
「な、なんっ、何でそんなことまで」
「触ったら、だいたいわかるんだよねぇ。その人がどういう人なのか、ってさ。何でかはわかんないよ。気づいたときにはそうだったもん」
「へ、へえ……」
「ソーマくんも、そうじゃないの?」
「……」
確かに。
僕の目も、何か特別な訓練をしたから見えるようになったわけじゃない。
気づけばそういうものだった。
沈黙を肯定と捉えたのか、水野くんは続ける。
「そのわかった情報をトレースするっていうのかな。特殊メイクとかも得意だし、だからおれの変装はすごいらしいよ。少なくともキョーくんたちは褒めてくれる」
そうふんわり笑う水野くんは、キレイだけど、ゆったりした滑舌のせいか幼くも見えて、少し可愛らしい。
まあ、僕よりしっかり背が高い男の子なんだけど。
「だからソーマくんもよろしくねぇ」
「脈絡が迷子じゃない?」
「えぇ? キョーくんが誘ったんだもん。ソーマくんも仲間だよ」
「いや、僕は火の玉事件が終わったらそれでバイバイのつもりなんだけど……」
「ソーマくんはさ、もう一つの五感が抜けてることに気づいてる?」
水野くんはマイペースすぎて、僕の返答を次々と流していく。
まるで新品の水洗トイレのごとく。
その心は彼にとってどちらも詰まらないでしょう、ってか。
それにしても、五感?
「ええと……視覚、聴覚、嗅覚、触覚、あとは……あ、味覚?」
「せいかーい。その担当がキョーくんね」
なるほど?
でも味覚がすごいってピンと来ない。まあ、天土くんだし舌は肥えていそうだ。
「『ペロッ、お、これは隠し味に山椒が使われてますね……』とか言うの?」
「まあそれもあるだろうし、あの細身でめちゃくちゃ食べれるとも言ってる」
あるんだ。そして大食いなんだ。見た目とのギャップは確かにすごい。
「なんか本人があんまり開示したがらないから、正直キョーくんの味覚自体はおれもよくわかんないんだけどね」
「そうなんだ……?」
「その代わりってワケじゃないけど……おれたちは、キョーくんのすごいところは『舌が回る』ことだと思ってるよ」
「舌が回る……」
まあ確かに彼の喋りはよどみない。
滑舌がいいのもあるし、声質は人を惹きつける。
生徒会での演説ではカリスマというものを見せつけられた。
それに、そういえば、コンビニ強盗のときもそうだ。
彼の言葉を発端に事態は大きく動き解決できた。
「……ソーマくんは、不思議に思わなかった?」
「何が……?」
「七不思議になるくらい、おれたちの耳や鼻はすごくて、人から逃げ隠れすることができるんだよ。旧校舎でも、やろうと思えばおれたちは痕跡を消してソーマくんから逃げることができた。だけどあんなにあからさまに痕跡を残して、ソーマくんと接触した」
「……そういえば、待ち伏せがどうとか言ってたのって」
「キョーくんははじめからソーマくんを仲間にするために仕組んでたってこと。多分、遠回しに池上先生に七不思議のことを吹き込んだのもキョーくんだろうね」
「は、はあ⁉」
「あ、火の玉は本当にわかんないし、だからキョーくんも自分が仕組んでないことが起きてあんなビビり散らかしてるんだけど」
水野くんはニヤリと笑った。
「おれたちもそうやってキョーくんの口車に乗せられて仲間になったんだ。おれは楽しんでるから、むしろ感謝してるけどね。ソーマくんは、キョーくんから逃げられるかなぁ」
こ、怖いことを言う……!
表情も口調もおっとりしてるくせに……!
唖然として言葉が出ない。
仕組まれていただって?
僕が池上先生に校舎を見回るよう頼まれたのも、それで旧校舎に行ったのも?
もしかして、コンビニ強盗で出会ったときから?
「……それでも僕は、言いなりになるつもりはないから」
「ふぅん」
絞り出した僕の答えに、水野くんはゆるすぎる相槌を返すだけだった。
それでも表情はどこか楽しそうだ。ワクワクしていると言ってもいい。
くそぅ、いつどの角度から見てもイケメンだ……!
なんてよくわからない悔しさに机を叩きそうになった、その瞬間。
ビュッ
「!」
「おっと」
僕の方に勢いよく何かが飛んできた。
当たる直前、水野くんが手を伸ばし、遮ってくれる。
グシャ、とイヤな音が聞こえた。
何かが飛び散る。
「……ありゃりゃ。何これ。生卵?」
そう。水野くんの掌や床には、無惨に散った生卵の残骸があった。
何で生卵があんな勢いで飛んできた?
誰かが投げたとしか思えない。誰が、何のために?
遠巻きに水野くんを鑑賞していた生徒たち数人が「水野くん大丈夫⁉」と駆け寄ってくる。
「おれは大丈夫~。ソーマくんは? 大丈夫そ?」
「ぼ、僕は、少し跳ねただけだから……水野くんこそケガしてない?」
「だぁから、大丈夫だって」
心配する僕に、水野くんはまったりと笑ってみせる。
安心してよ、と言葉以上にその優しい眼差しが語っている。
だけど僕は気が気じゃなかった。
水野くんが庇ってくれなければ、当たっていたのは、確実に僕だった。
