五感を研ぎ澄ませ! ~旧校舎で踊る火の玉事件~

 僕、木戸蒼真の家は言ってしまうと貧乏だ。
 お父さんは僕が小さい頃に事故で亡くなった。
 お母さんは遅くまで働いて僕を育ててくれている。
 大変そうだけど、いつも「蒼真が元気ならお母さんも元気もらえるよ」なんて笑って。

 だから僕はがんばって勉強して、いい会社に入って、えらくなって、たくさんお金を稼いで……それでお母さんを楽にするんだ、なんて自然と思うようになっていた。

 そのためには少しでもいい学校に入らないと。
 そんな一心で、僕は昨年の四月に名門校として有名な虹代中学に通い始めた。
 もちろん学費を払う余裕なんてないから、死に物狂いで受験勉強をして、学費免除の特待生の枠を勝ち取ってだ。
 いやあ、今でも勉強は必死にしてるけど、鼻血が出るほど勉強したのはさすがにあのときだけだったなぁ……。

「あっ! 天土会長だ!」
「ほんとだ! 生徒会長、おはようございます!」

 廊下を歩いていると、女子生徒がはしゃいだ声を上げて一箇所に集まり始めた。
 その視線の先には昨日見かけた「好青年の塊」こと天土杏介くんがいる。
 彼はにこやかな笑みを浮かべて片手を上げた。
 そのとたん廊下が「きゃー!」の合唱になる。一部の声は「ぎゃあー!」と野太い。まるで芸能人みたいだ。

(って、目が、合った?)

 ばちり。
 天土くんが僕を見た気がする。
 僕は慌てて自分の教室に逃げ込んだ。

(き、気のせいだよね。うん。気のせい!)

 僕は地味だし、あのときは分厚いメガネを外していたから、今の僕と同一人物だってわからないはず……!
 そうドキドキしながらメガネをしっかりかけ直す。

(あんな人気者に絡まれたら、絶対注目を浴びるし、勉強する時間が取られる……!)

 僕は絶対に特待生としての地位を揺らがせるわけにはいかないのだ。
 昨日のことは忘れて、三日後のテストに向けて集中、集中……!

「木戸」
「? ……はい」

 教科書を開いたところで池上先生に呼ばれ、僕は顔を上げた。

 池上先生は理科の担当だ。
 真面目で厳しいから、生徒からはちょっと怖がられている。
 短く切り揃えられた髪は白髪が多いものの、清潔感があって逆にオシャレにも見えるかもしれない。
 確か「五十歳を過ぎたけど俺は白髪染めはしないんだ」なんて豪語しながら笑っていた記憶がある。

 先生は神妙な顔で僕を教室の外に呼びつけると、小声で話し始めた。

「木戸に頼みたいことがあるんだ」
「僕に、ですか?」
「ああ。木戸は特待生だしな。生徒の鑑となるべきだろう?」

 アゴに手を当てて先生は何やらしかめ面だ。
 何だか妙なことを言われそうな気がしてきたな。

「木戸は虹代中学の七不思議を知っているか?」
「いえ」

 僕は首を横に振った。
 勉強ばかりしていたから友だちらしい友だちもいないし、聞いたこともなかった。
 まあ、ここは新校舎だからキレイだけど、元々歴史のある学校だ。怖い話の一つや二つ、なんなら景気良く十個くらいあっても驚かない。

「この一年でよく聞くようになったんだが、特にここ最近は目撃証言なども増えて、不安がっている生徒が多いんだ。それで木戸に調査を頼みたい」
「僕に、ですか?」

 二度目の確認。
 いや、だって、何で僕?
 特待生といったって、勉強をがんばることしかできない、ただの一般生徒ですが?

「頼まれてくれないか」
「具体的に何をすれば?」
「校内を見回って不審なところがないか確認してほしいんだ。もし七不思議の原因を見つけられたら教えてほしい。何もなければないで、それならこちらも堂々と根も葉もないウワサとして処理できるからな」

 思わず眉を寄せた。
 そんなことを僕に頼むのってどうなんだろう?
 先生が見回るんじゃなくて? ただの生徒である僕が見回る?
 それっておかしいんじゃないか?
 そんな文句にも近い疑問はたくさん浮かんだけど。

「……わかりました」

 僕は渋々うなずくしかなかった。
 先生に逆らって目をつけられるのは避けたい。
 僕には内申点だってめちゃくちゃ、そりゃもうめちゃくちゃに大事なんだから。

「そうか、良かった。じゃあ、七不思議を書いたメモを渡しておくからよろしく頼む。木戸は寮生だったよな? ある程度は夜に見回りをしてもらってかまわないからな。寮や警備員には先生から説明しておくから」
「はあ……がんばります」

 メモを受け取って、ため息を押し殺す。
 こうなったらさっさと終わらせよう。