五感を研ぎ澄ませ! ~旧校舎で踊る火の玉事件~

 訳もわからず連れてこられたのは、学校から三十分ほど歩いた、ずいぶんと見晴らしのいい公園だった。
 高台になっていて、少し離れたところには展望台もあるらしい。
 吹き抜ける風が思いのほか涼しくて気持ちいい。

「うわあ……」

 無意識にメガネを外す。
 夕暮れの中、見下ろした街は圧巻だった。
 小さく見える建物が陽に照らされキラキラと輝いている。
 空気が鮮やかで、まるで絵のようだった。
 こんなところがあったなんて。
 言葉にならない。

「どう? 引きこもりがちな蒼ちゃんだから、こんなところがあるなんて知らなかったんじゃないの?」
「こーら、マシロくん。そんな言い方しないの~」
「むぐぐ」

 水野くんに口を押さえられ、金泉くんが不満気に暴れている。

 だけどその通りだった。
 メガネをかけて、勉強のためにずっと机にかじりついているだけの僕では、きっと気づかなかった。
 顔を上げさせてくれたのは、みんなだ。
 その事実に、苦しいくらいに胸がじんとする。

「うん……すごいね。キレイだ……」

 ボーゼンとつぶやいた僕に、みんなが満足そうな目を向けてくる。
 天土くんが僕の手を取った。

「ねえ、蒼真」

 彼は街を背に、みんながイヤがった僕の目を、真っ直ぐととらえた。
 僕の広い視野を誇る目は、急速に彼に引き寄せられる。

「俺は、いや、俺たちはね。一人じゃ自分のことすら上手く使えないかもしれない。世界が狭く感じるかもしれない。だけどみんなと一緒なら、ずっと強くなれるし、もっと大きくて楽しいことができるんじゃないかって思うんだ。だから、」

 気品が服を着て歩いているような生徒会長としての顔じゃない。
 もっとあどけなさがあって、イタズラを楽しむような子供みたいな顔。
 だけどずっとずっと、人を惹きつけて止まない表情で。
 彼は笑った。

「俺らと一緒に、もっと世界を味わい尽くそうじゃないか!」
「――……」

 これで心が動かないなんて、そんなの、ムリだった。
 僕は引き込まれるようにうなずきそうになって――。

「そうだぜ! だから蒼真、転校なんてするなよ!」

 ……ん?

「おれもソーマくんともっと遊びたいな」
「まあ、ボクは別に? さびしくなんかないけど? でも下僕が減るのは不便っていうか、勝手にいなくなるなんて生意気っていうか」

 ……んんん?

「待って待って。何の話?」

 慌てて止めると、みんなが「え?」と顔を見合わせる。
 真っ先に口を開いたのは火和くんだった。

「蒼真がこの学校をやめるかもって聞いたんだよ。だからそんなの、ぜってーやだって思って」
「この学校のいいところとか、おれたちといると楽しいよーってことをアピールすれば、考え直してくれるかなぁって」

 水野くんも補足してくれる。
 僕はボーゼンとしてしまった。
 いや、あの、ええ?

「やめないけど……」
「え?」
「え?」

 みんながきょとんとする。
 そんな顔で見られても……!

「え? そうなの? なーんだ! 解散解散!」
「真白! 勝手なこと言うなって! つーかその話聞いたのも、真っ先に騒いだのもお前だろ!」
「はあー⁉ ちょっと早とちりしちゃっただけじゃん! そんなんでボクを責めるなんて蘇芳ちゃん器ちっちゃすぎるんじゃないの⁉」
「は、はああ⁉」
「そこーケンカしないー」

 ぎゃあぎゃあ言い合いを始めてしまった二人に苦笑する。

 ……実際、そういう会話をしたことはある。
 お母さんともだし、それがどこからどう漏れたのか、クラスメイトとも少しだけ。
 それを金泉くんは聞いたのかもしれなかった。
 耳が良すぎるっていうのも大変なんだな。

 ……お母さんに「僕は残るよ」って答えたとき……その理由として「一緒にいたいって思える人たちに出会ったんだ」って伝えたのは、絶対内緒だ。
 さすがにそんな会話を知られたら恥ずかしすぎて寮に鎖国してしまう。

「まあ、結果的にいい感じに収まって良かったろ」

 そう苦笑して、天土くんが手をパンと叩いて仕切り直した。
 みんなも異論はないようで空気がゆるみ始める。
 その空気が、僕にはどこか新鮮で、でも、居心地がいい。
 これも内緒だけどね。

「そういえば……さっき俺が謝ったとき、蒼真、何か言いかけてたよね? 何だった?」

 リラックスした様子で天土くんが尋ねてくる。
 ああ、と僕は思い出した。
 天土くんのお父さんが緘口令を敷いたっていう話の件か。
 確かに僕は何も答えてなかった。

「わざわざ聞く?」
「これからも長く付き合っていくんだから、しこりは残しておきたくなくてさ」
「そっか。じゃあ言うけど……」
「え、何? 意味深な言い回し怖いんだけどやっぱ何かある? 怒ってる?」

 不安になったのか、急に情けなくなる天土くん。
 みんなはそれが面白かったみたいで「言ってやれ!」なんてヤジが飛んでくる。
 こういうノリに僕もついていけるだろうか。

「と言っても、僕もだいたいみんなと同じ気持ちなんだけど……」
「う、うん」
「それだと腑に落ちないっていう天土くんの気持ちもわからなくはないんだよね」
「うん?」

 だから、と僕は笑った。

「悪いなと思ってるなら、食券一ヶ月分でどう?」



END