「やあやあ諸君。改めて、お疲れ様」
爆弾騒ぎから三日。
生徒会室の、生徒会長の立派な椅子に座って、天土くんがにっこり笑う。
僕ははじめて通された生徒会室に、なんだか落ち着かない。
さすが名門私立校なのか、置かれた椅子やソファーの質がいい。
生徒会長の座席の後ろの窓もやたら大きく見える。
キョロキョロと挙動不審な僕の他に、火和くんや金泉くん、水野くんも集められている。
逆に言うと、それだけ。正規の生徒会メンバーはいない。
今日は生徒会活動は休みで、天土くんが私用で部屋を開けたらしい。
そこに放課後、僕らは呼び出されたのだ。
こういうの、公私混同って言わないかな。僕が心配することでもないけれど。
金泉くんがふんぞりかえる。
「うむ。苦しゅうない。杏ちゃん、お茶」
「俺はお茶じゃありませんー」
「その返しダルっ」
「ていうか、生徒会室にある物はそんな好き勝手に使える物じゃないって」
「えー。毎日高級玉茶とか飲んでるんじゃないの?」
「生徒会のこと何だと思ってる?」
呆れた天土くんに、金泉くんは「なーんだ、つまんない」と好き放題だ。
「さて、そんないつもの茶番はさておき」
あ、茶番の自覚はあったんだ……。
いつもなんだ……。
「あれからみんな、問題はないかな? もし何かあるなら、できるだけ対処させてもらうけど……」
天土くんがみんなを見回す。
みんな「ない!」「別にー」「ないでーす」と首を振った。
僕も無言で首を振る。
あれから僕の周りも特に大きく変わったことはない。
「問題じゃないけど、そういや、結局ソーマくんが巻き込まれたのは謎だったよね~。元々旧校舎に来るように仕向けたのはキョーくんとはいえ、ついでとばかりに火の玉とか持ち出してさぁ。やっぱ嫌がらせみたいなものだったのかなぁ」
水野くんは不思議そうに言って、ソファーの背もたれに仰け反るようにもたれかかった。
座り心地が良いからか、そのまま眠ってしまいそうになっている。
そういやそうだよな、と火和くんが怒ったように眉を跳ね上げた。
同情というか、僕の代わりに怒ってくれているみたいだった。優しい人だ。
僕は……。
「……池上先生は、止めてほしかったんじゃないかな」
ポツリとつぶやいた。
みんなが僕を見る。
その視線がいたたまれなくて、目を伏せた。
ずっと考えていたことを口にするって、なんだか心細くて怖い。
でも、……彼らなら聞いてくれるんだろうなって、思う。
「どこかで誰かに気づいて、止めてほしかったのかもしれないって思ったんだ。僕に七不思議を調べるように頼んだのも、今井くんたちの不正を一回見逃したのも……爆弾を仕掛けたことを僕らに教えてくれたことも……。憎しみを止められない自分を、どこかで止めてほしくて、その結果、遠回りで効率の悪いことをしていたんじゃないかって。……勝手にそう思っちゃっただけなんだけどね」
もっと厳密に言うなら、きっと、そう思いたいのだと思う。
池上先生に好かれていたとは全く思ってないけど……先生の行動全てが憎しみや嫌がらせみたいな気持ちで埋め尽くされていたとはなぜだか思えなかった。
なるほどね、と天土くんは腕を組んだ。
「爆弾を仕掛けたのも旧校舎だったしね。旧校舎でも騒ぎにはなるだろうけど、本当に学校が憎くて全部消し飛ばしたいと思ったなら、人が多い新校舎に仕掛けた方が効果的なのに」
「……うん」
天土くんに賛同されたみたいで、どこかホッとする。
本当のところはわからない。
だけど僕はそう思いたかった。
「……ま、その爆弾のことを知ってるのも、生徒の中では俺たちだけなんだけどね」
急にやさぐれたように天土くんがぼやく。
「何ぃ? キョーくん、不満?」
マイペースに水野くんが問う。
クルクルと行儀悪く生徒会長の椅子で回転し始めた天土くんは、ムスッと唇を尖らせた。
「君たちも知ってるだろ。今回の池上先生の件は箝口令が敷かれている」
「カンコウレイって何だ? 敷く……座布団みてぇなヤツなのか?」
「蘇芳ちゃんのおばか」
「何だよ!」
「箝口令ってのは、他人に話しちゃダメよー、口外禁止だよっていう命令。つまり今回、不正やったヤツのこととか池上先生が爆弾仕掛けたこととかは誰にも言うな、って学校の先生たちみんなにそういう命令が出されてるってこと」
金泉くんの説明に、火和くんがわかったような、わからないような顔でうなずいた。
「確かにニュースでもやってないもんな」
「スオーくんってニュース見るんだ」
「おい! 今バカにしたか⁉」
「ただの感想だよぉ」
「もう、蘇芳ちゃんうるさいってば」
「お前らケッタクすんな!」
「スオーくん、結託なんて言葉知ってたんだ」
「うがぁ!」
三人が騒がしい。主にいじられている火和くんが。
そんな様子を天土くんは肘をついて苦笑交じりに眺めている。
僕はほんの少し違和感を抱いた。
「……天土くん」
「んー?」
「元気、ない?」
「……いや、みんなが僕の話を遮って楽しそうだなぁって眺めてただけ」
「ウソ」
目には憂いがにじみ出ているし、取り繕っているせいか一人称が「俺」じゃなくて「僕」だ。
じっと見つめていると、天土くんは降参するように両手をあげた。
「あーあ。蒼真のその目、厄介だなぁ」
「ほしがったくせに」
「くれるの?」
ニコッと笑われ、ぐっと詰まる。
相変わらず食えない人だ。ああ言えばこう言う。
天土くんの方が僕なんかよりよっぽど厄介なくせに。
天土くんは、ふうと息をついた。
席から立ち上がって伸び上がる。僕らを見回す。
「……まあ、みんなを呼んだのは、一応筋を通そうと思ったからなんだよね」
「筋?」
「さっき言っただろ、箝口令が敷かれたって。あれね、やったのは――俺の父さんだ」
「……え?」
天土くんは口の端を少しだけ上げる。
どこかヤケになったみたいな笑みだった。
「息子の通う学校にイヤなイメージをつけたくなかったんだろうね。だから揉み消したのさ。こういうの、今に始まったことじゃないよ。イヤになっちまうけどね」
天土くんは珍しく乱暴な口調になって、それから表情に影を落として。
「……みんな頑張ってくれたのに、ごめん」
ポツリと、力なく呟いて、頭を下げた。
しん、と生徒会室が静まり返る。
……でも、その沈黙もほんのわずかだった。
「……おれは別にいいっていうか、あんま興味ないけどなぁ」
「え」
「オレも! 難しいことはわかんねえし、別にニュースに載りたいとかでもねぇしな」
「えっと」
「不正したのは生徒も先生も本当にごく一部のヤツだし、ちゃんと悪いヤツの処分はしたんでしょ? だったらボクも別に困んないかな~。そいつらが野放しだったらさすがに怒るけどさ」
「……そういうものか?」
みんなの反応があまりにあっさりしているからだろう。
天土くんが困惑した声で顔を上げる。
僕と目が合った。
僕も何か答えようと口を開いて…………だけど何か言う前に金泉くんが立ち上がる。
「あ! そろそろ出ないとじゃない⁉」
「え?」
「あ、ほんとだー。よし、行こっか」
「え? え? ど、どこに?」
みんなが次々と立ち上がるので困惑してしまう。
さっきまで神妙だった天土くんさえ「確かに。行こうか」と態度を変えた。
何?
今日の用事って、今の、いわば天土くんの謝罪会見じゃなかったの?
このまま何事もなければお開きになると思ってたんだけど?
「はーい。ソーマくんも行くよー」
「あっ、ちょ、水野くん引っ張らないで、うわあ! 力強すぎ! ちぎれる!」
「多分大丈夫だよぉ」
「多分じゃイヤだぁ‼」
