五感を研ぎ澄ませ! ~旧校舎で踊る火の玉事件~

「ボクも素直じゃないって自覚はあるよ。でも今まで四人でいたのに、急に知らないヤツが入るなんて言われたってどうしたらいいかわかんないじゃん。杏ちゃんはいつも勝手すぎるんだよ。それなのに蘇芳ちゃんも玄ちゃんもむしろウェルカムっぽい雰囲気出してさぁ!」

 枕をボスボスと叩く金泉くん。
 僕は何と言ったらいいかわからない。
 そもそも僕はメンバーに入るつもりはないんですけど……恐れ多いし、厄介そうだし。
 ……でも、金泉くんの気持ちはちょっとわかるかもしれない。
 そりゃあポッと出のよく知らないヤツが急に仲間ヅラしてきたらイヤだよなぁ。

「……四人は、いつから友だちなの?」
「あんなヤツら友だちじゃないし。下僕だよ下僕」
「あはは。そうなんだ」

 拗ねた物言いだから、なんだか可愛らしく思えてきた。
 弟がいたらこんな感じなのかな。

「……今みたいに話すようになったのは、一年の途中からだよ」
「え、もっと昔からだと思ってた。みんなすごく仲良いから」
「杏ちゃんが声かけてくれたんだ。ボクはそのときけっこー荒れててさぁ……学校サボってずっとピアノ弾いてたり……親もピアノさえ弾いてればそれでいいって感じだったし。周りの音がうるさすぎて、ピアノの音だけを聴いていたかったっていうか」
「……うん……」

 金泉くんはポツポツと話してくれた。

 目に入ってくる不快な情報の多さに疲れてしまった僕だから、少しは気持ちがわかる。
 思えば、自分の目のことを話したくない僕に「わかる」と同意してくれたのも彼だった。
 意外と僕たちは似たもの同士なのかもしれない。

「……なんていうかね、あの頃、みんなは窮屈だったんだと思う。自分の感覚に振り回されてさ。玄ちゃんは誰も自分に触んなってピリピリしてたし、あの蘇芳ちゃんでさえ周りの色んなモノに押しつぶされそうになってた」

 あののんびりとマイペースな水野くんと、誰にでも人懐っこい火和くんまで……想像できるようで、難しい。
 彼らは一年のときから虹代中学の中では有名だったし、僕も気にしていれば記憶に残っていたのかもしれないけど。
 あいにく僕は、周りを見ようとする努力を全力で放棄していた。

「そんなときに杏ちゃんがなんか色々言ってきてさ。はは、本当に色々すぎて全然覚えてないや。もうねー、鬱陶しかったよあれは。玄ちゃんとか蘇芳ちゃんは真っ当に説得されたのかもしれないけど、ボクなんて完全にただの根負けだもんね。……でも、『なんだ、おかしいのはボクだけじゃないじゃん』ってわかったのは、割とホッとしたかも」

 金泉くんがクスクスと笑う。
 空気が和らいで、温かい。

「天土くんってすごいんだ」
「いやいや。アレの天職は詐欺師だよ」
「わあ。でもちょっとわかる」
「でしょ。その内ツボとか売り出すよ」
「イヤだなあ」

 本人がいないのをいいことに好き勝手に言って笑う。
 まあ、金泉くんなら本人がいても平然と言ってそうだけど。
 ポツリと金泉くんはつぶやきをこぼす。

「杏ちゃんはボクらに自由になってほしいんだって。物好きだよね。――そんな杏ちゃんが一番不自由そうにしていることが多いから、そんな杏ちゃんのことは気に食わないけど」
「金泉くん……?」
「……それはおいといて! 何でこんな話してるのかっていうとね、さっきの木戸クンの言葉で思い出したんだよ。ボクががんばってるじゃんってやつ。杏ちゃんもそんな感じのこと言ってきたから。まああんま覚えてないけどね!」

 彼の口振りからして、本当は覚えているのかもしれない。
 それも、きっと大切な思い出として。
 だけど指摘するのは野暮だから、僕は「そうなんだ」と相槌を打つに留めた。

「……そう考えたら、木戸クンだって……杏ちゃんたちと会う前のボクらと同じなんだったら、窮屈だったんじゃないかって……それなのに冷たい態度ばっか取っちゃってたなって、ちょっと、反省っていうか、なんて、いうか」

 言いにくそうにどんどん言葉がぎこちなくなっていく。

 ――窮屈、か。
 どうだろう。
 僕は……ずっと窮屈だったんだろうか。
 もっと自由になりたいなんて、そんな大それたことを願っていたんだろうか。
 僕はただ、お母さんとの暮らしを楽にしたくて……。

『お前、気持ち悪いよ』

『またズルしたんじゃねーの?』

『それ以上こっち見ないで!』

 蘇ってきた記憶に、グラグラと眩暈がして気持ち悪い。

「木戸クン? 顔色悪くない? 大丈夫?」
「あ、大丈夫……えっと、それで?」

 心配そうに顔を覗き込んできた金泉くんに、笑って首を振る。
 金泉くんは気にした素振りをしつつも、またぎこちなく続けた。

「だから、そう……ええと、つまり……木戸クンのことはキライじゃないけど、下僕が取られそうでちょっとイヤだったっていうか……だからね、えっと」
「うん……?」
「――蒼ちゃん(、、、、)もボクの下僕になるって言うなら、許してやってもいいけど?」

 やっぱり素直になりきれなかったのか、拗ねたようにツンと顔を背けて言う金泉くん。
 だけどその耳はハッキリと赤い。
 僕は思わず笑いを噛み殺した。

「ありがとう、金泉くん」

 パッと顔を明るくしてこちらを向いた彼は、頬をほんのり上気させて口を尖らせる。

「……『蒼ちゃん』って呼んでやるんだから、そっちもなんか呼んでよ。『金泉くん』なんて他人行儀すぎ」
「う……これはクセみたいなものだから……追々でお願いします」
「仕方ないなぁ!」

 足をバタつかせた金泉くんはケラケラと笑った。
 すっかり気安い空気になって僕もホッとする。
 距離が縮まって良かった。素直に嬉しい。

「――さて、ところで蒼ちゃん」
「うん?」

 金泉くんがニヤリと口の端を上げる。

「さっきボクが思いついたこと、杏ちゃんたちにも伝えて調べてみようよ。成績が急に上がったヤツがきっといるはずだよ」
「――……」

 ヒヤリと背筋を冷たいものが伝った。

 そうだ。
 テストを不正で受けた生徒が学校の中にいるのかもしれない。
 それは許されないことだ。

 許されないこと、だけど……。

「蒼ちゃん?」

 黙ってしまった僕を金泉くんが不思議そうに見る。
 僕はあいまいに笑った。

「……そうだね。天土くんたちに言ってみよう」