五感を研ぎ澄ませ! ~旧校舎で踊る火の玉事件~

 次の日から、火和くんが僕の側にぴったりくっついてくるようになった。
 彼いわく「護衛ってやつ!」らしい。
 ご、護衛って……。

「大げさだよ」

 放課後、図書室で正面に座っている彼に苦笑すると、火和くんはムッと口をとがらせた。

「何言ってんだよ。あんな植木鉢に当たったら、蒼真なんてペチャンコだぜ⁉ 結局犯人は見つけられてないし……」

 ペチャンコにはならないと思う。
 確かに大ケガではあっただろうけど。ペチャンコって。
 どんなサイズだと思われてるんだ、僕。

 通りかかった火和くんのクラスメイトが不思議そうにこちらを見てくる。

「蘇芳~。お前、特待生にまとわりついて何してんの?」
「ベンキョー教えてもらってる!」
「げえっ、蘇芳が⁉」
「げえって何だよ!」
「天変地異の前触れか⁉」
「オレだってテスト前だしベンキョーくらいするわ!」
「火和くん、しー! しー!」

 学校司書がカウンターからじっとこちらを見ている。
 火和くんは慌てて口を押さえた。

 クラスメイトも笑って「邪魔して悪かったな」と帰っていく。
 それに火和くんは元気に手を振って応えた。

 ……なんか、大型犬って感じなんだよなぁ……。

 僕より背も高いし、スポーツが得意なのも納得の筋肉はあるし、一見怖そうにすら思えるはずなのに。
 無邪気で人懐っこくて、なんだか無性に和んでしまう。
 女子にも男子にも人気なのがうなずける。
 しかも、テスト勉強をしたいって言った僕にこうして付き合ってくれるなんて。お人好しにも程があるだろう。

「まったく、何だよテッペン一位って」
「天変地異だね」
「それ!」

 意味もわからないで怒ってたんだ。
 きっと感覚でバカにされたってことはわかったんだろうな。

「……蒼真はさ」

 火和くんはポソリとつぶやいた。消しカスで練り消しを作りながら。
 ……始まって三十分も経ってないのに、もう勉強に飽きてる……。

「メガネ、何で外さねーの?」
「え?」
「杏介も言ってたし、目が悪いわけじゃないんだろ? ……昨日の植木鉢だって、メガネをしてなきゃ、自分で気づけたんじゃないか?」
「それ、は……」
「メガネしてない方が、自分の身を守れるんじゃねえの?」
「……」

 否定はできない。
 確かにメガネをかけていなければ、きっと僕の広い視野は事前に降ってくる植木鉢の存在にも気づけただろう。
 それでも、少し、抵抗がある。

「……見えすぎるのも、疲れるんだよ」
「疲れる? めせいひろうってやつ?」
「めせ……? あ、眼精疲労のこと言ってる?」
「それ!」

 めせいひろうって読んでたのか、火和くん。漢字も苦手なんだな。

「それもあるけど、うーん……説明が難しいな……。逆に火和くんはない? 鼻が良すぎてイヤだったこと」
「あー。風呂キャンしてるヤツがわかって気まずいとか?」

 何とも反応しにくいラインだ。確かに気まずいかもしれないけど。

「あとはタバコ吸ってるヤツの近くにいるとむせるとか……ああ、人混みもちょっと苦手だな」
「あ、うん。そういうのに近い、……かも」

 一拍遅れてうなずく。

 目に入る情報に溺れそうになる。人の心の機微が見えてイヤになる。
 だから僕も人混みは苦手だ。
 嗅覚が鋭いという火和くんも、言われてみればニオイが溢れている人混みは苦手でもおかしくない。
 だけどやっぱり少し意外な感じがしてしまうのは、火和くんがまるでお日様みたいにあったかいからだ。

「でも、杏介たちと一緒にいると、これで役に立てることも多いんだよ。オレはそっちの方が嬉しいかもな」
「……そっか」

 笑顔が眩しい。僕はあいまいにうなずくしかできない。

 ……僕みたいなヤツがみんなと違うのは「異質」として気持ち悪がられるけど、火和くんみたいなヤツがみんなと違うのは、「すごい」ことで「憧れ」になるんじゃないか。
 だからそんなことを手放しで言えるんじゃないか、なんて。

 そんなことを考えて暗くなる僕に気づかず、火和くんは「でもそっか、なるほどなぁ」と納得したみたいだった。
 誤魔化したくて、話をそらす。

「火和くんは、天土くんが言ってたこと、どう思う? 火の玉の……」
「犯人の警告ってやつか? うーん。オレは難しいことはわっかんねぇよ。そういうのは杏介たちに任せてきたから」

 あっさり手を上げて降参ポーズをした彼は、でも、とシャーペンで頭をかいた。

「後からちょっと不思議になったんだよな。いくらテストの点が悪かったからって、燃やすかぁ? オレも赤点めっちゃ取ったけど、燃やしたことなんて一度もねーもん」
「まあ、やりすぎではあるかもね。……そっか、犯人は寮の生徒じゃないのかも」
「どういうことだ?」
「寮暮らしなら、テスト用紙なんて滅多に親に見られることはないだろ。でも実家から通ってるなら家に持ち帰らなきゃいけない」
「親に見られるのがイヤだったってワケか」

 学校のゴミ箱に捨てるのは、先生に見つかるリスクがある。テストを捨てたなんてバレたら大目玉だ。
 そのリスクを避けて、かつ親に確実に見られないために、持ち帰る前に燃やしてしまいたかった。
 ……ありえるかもしれない。

「ていうか、それなら赤点のヤツを探せばいいんじゃねーか⁉」
「確かに……まあ、先生が教えてくれるとは思えないけど」
「あっ、ちなみにオレじゃないぞ⁉」
「わかってるよ」

 笑ってしまう。これで火和くんだったら、相当な策士だ。

「――お、笑った」
「え?」
「蒼真、いっつも難しい顔してっからさ。それがデフォなんだと思ってたけど、笑った顔もいいじゃん」

 そう言って、ニッと、明るい笑みを向けてくる火和くん。

 僕は言葉を失った。
 カッ! と彼から強烈な光を放たれた気がして目を開けていられない。
 眩しすぎて目が焼ける。

 何だこの人たらしは……⁉
 ナチュラルにこんなことを言ってのけて恥ずかしくないのか……⁉

 メガネを外して彼の顔色をうかがわなくたって、わかる。
 真っ直ぐな彼の笑顔と言葉にはウソも陰りもない。
 心の底からの、純度百パーセントの本音だ。
 だから怖い。おそろしい。
 まるで自分がものすごく捻くれた小さな生き物のような気がしてきてしまう。

「それにさ」
「えっ、な、なに?」
「オレ、自分でもバカなのわかってるけど……蒼真、イヤな顔しないで教えてくれるし。説明もわかりやすいし。ほんとすげえよ」
「ひぇぇっ?」

 火和くんは照れくさそうに笑った。

「ありがとな。オレ、お前と友だちになれて嬉しいぜ」

 ぐあああああっ!

 満面の笑みを向けられて僕の邪念は消し飛び謎の罪悪感が募る。
 致死量の光を浴びた。実際に叫ばなかったのは奇跡だと思う。

「なあなあ蒼真、これ、何て読むんだ?」
「……グラフの『傾き』ね」
「ああ、カタムキ。……ムキムキの親戚か?」

 数学の問題なのに、国語でつまずいてる……。

 スーパーイケモテ最強人間の火和くんが、頭の悪さでバランスを取れていて良かった。
 じゃないと世界が傾くところだった。
 僕はそんな失礼なことを考えて、ため息をついた。
 はあ。心臓がもたない。