放課後になってすぐ、僕らは約束通り旧校舎に集まった。
今回は中に入らず、外――火の玉が見えた校舎裏に行く。
それにしても明るいだけで印象がだいぶ違う。
建物は古いものの、オバケが出るようなおどろおどろしさはない。
天土くんは水野くんを盾にしながら周囲を見回しているけど。
「昨日火が見えたのは、この辺だったよな?」
火和くんがおそるおそる、その場に立つ。
昨日はお昼頃まで雨が降っていたから、地面は少しばかりぬかるんでいた。
他は草ばかりが茂っていて、変わったところはない。
ただ、僕たち以外の足跡が乱雑に残っている。
ぐちゃぐちゃだからはっきりしないけど、多分二人分くらいだと思う。
「足跡があるならオバケじゃないね」
「足があるオバケだっているかもしれないじゃないか」
天土くんは子供がイヤイヤするみたいに首を振った。
はあ。この姿、全校生徒に見せてやりたい。
スン、と鼻を鳴らした火和くんは首を傾げる。
「さすがにもうニオイは残ってないな」
「今のところ、他に誰かいる気配もないね」
金泉くんも周りに耳を澄ませてそう言った。
「蒼真は? メガネ外して! 見て!」
「ええ……」
そんなへっぴり腰で指示されてもなぁ……。
仕方ないからメガネを外して周囲を見る。
何となく、人を見るより自然を見る方がクラクラしない。気の持ちようかもしれないけど。
キンッ!
一段と集中して見ると、頭の中でそんな音が鳴るような気がする。
とはいえ、何か変わったところなんて……。
「あ。これは?」
流れ込んでくるたくさんの情報から、ふいに目についた違和感を引き寄せる。
黒くてパサパサしたものが地面に落ちていた。近寄ってよく見てみる。
「……炭?」
「燃えかすって感じだねぇ。やっぱ物理的に何か燃えてたんだ」
「こんな小さいの、よく気づいたな!」
「ぬかるんでいたから風で飛ばされなかったみたいだね。さすが蒼真」
「えー? でも、こんなのただのゴミじゃない?」
……この目を褒められるなんて、珍しいというか、変な感じだ。
まあ、金泉くんは不満げだったけど。
得意になったワケじゃないけど、僕はさらに辺りを見回す。
するとまた不思議なものを見つけた。
「ん、待ってね……これ、燃え残った紙? じゃない?」
僕はすっかり汚れてしまっている紙片を拾い上げた。
ほんの一センチ程度の大きさで、自分でもよく気づいたなと思う。
「昨日は雨降ったし、湿度が高くて燃え残りやすかったのかもね。でも何の紙なのさ」
「と、言われても……」
金泉くんに追及されて、ちょっと困る。
紙は余白の部分なんだろう。何も書かれていない。
そもそもほんの少ししか残ってないし……。
「杏介、お前なら舐めたら成分? とかわかるんじゃねーか?」
火和くんが名案だと言わんばかりに手を打った。
そんなバカな。
「はあー? イヤですー!」
天土くんは子供がするように顔の前で大きく手をバッテンにした。
そりゃそうだ。火和くんも無茶振りが過ぎる。
「何でだよ」
「できるかもだけどさぁ!」
できるかもなの?
「こんなの口に入れるなんてカッコ悪いじゃん! あと汚い!」
イヤな理由はそれなの?
「貸してー。……んー」
二人が言い合ってる間に、ぬっ、と水野くんが横から手を伸ばしてきた。
紙を受け取った彼は丁寧に素手で触れ、思案する。
何度か指でこすったり撫でたりしていた彼は、やがてのんびりと顔を上げた。
「これ、テスト用紙じゃないかなぁ」
「え? そんなことわかるの?」
「うちのテスト用紙、やたらと上質なんだよねぇ。その紙の感覚とすごい似てる」
か、紙の違いまでわかるなんて、水野くんの触覚の繊細さはどこまですごいんだろう。
「て、ことはだ」
「ことは?」
すっかり水野くんの後ろから出てきた天土くんが仁王立ちになる。
その横で火和くんが何もわかっていなさそうに首を傾げた。
「大方、赤点だとか都合の悪い成績を取ってしまったヤツが証拠隠滅のためにテスト用紙を燃やしていたってところだろうね」
「おお、ナルホド!」
「ふふふ。まあ、そんなことだろうと思ったけどね!」
オバケの類いではなく人間の仕業であることが濃厚になったせいか、天土くんは調子が良かった。
声のトーンがいくつも高い。
火和くんの純粋さが沁み渡る。
「なーんだ。つまんないの」
「あはは。マシロくんはオバケの方が良かったんだ」
「せめてそっちの方が杏ちゃんのダサいところが見れて笑えるじゃん」
「真白! 縁起でもないこと言わない! 俺はダサくありません!」
「でもさあ、誰がやったんだろうな?」
火和くんの素朴な疑問に、みんなも「うーん」と唸った。
といっても、答えが出てくるとは思えない。
「まあ、別に犯人を特定しなくてもいいと思うけど……」
「蒼真としては、そうかもね。池上先生もそこまで求めてはいないと思う。ただなあ……」
「キョーくん、何かあるの?」
「野焼き……、要するに今回みたいにゴミを野外で燃やすのは基本的に禁止されているんだよ。有害物質の発生原因にもなるし、そもそもこんな木造物の近くでやられたら火事になる危険だってあるしね。生徒会長としては注意しとかないとな、って」
意外と真面目だった。
いや、ここにいるメンバー以外の生徒からすれば、むしろ真面目な方が天土くんのイメージ通りなんだろうけど。僕も昨日まではそうだったんだけど。
天土くんは肩をすくめる。
「まあ、オバケじゃないことがわかっただけでも収穫だし、あとは俺の方で探ってみるよ。ありがとねみんな」
「いいええ」
「良かったな杏介」
「おつー」
三人がそれぞれ気軽に返している。僕は何て返事をすればいいかわからなかった。
こんな校内の人気者とほんの少しでも行動したなんて、なんだか実感がない。
はじめは関わるなんてとんでもないと思ったけど……意外と気安くて、いい人たちだったな、とすら思い始めている。
まあ、長く付き合っていくとなればやっぱり大変なんだろうけど……。
僕は首を振ってメガネをかけ直した。
うん。あとはいつも通りに戻るだけだ。
「――あ。蒼真。他の七不思議についてはちょっと相談させてほしいな」
「え?」
「正直に俺らのせいって報告されると、ほら、何かと都合がね?」
「あー……」
それもそうか。
やっぱり締まらない天土くんに、思わず笑ってしまう。
とはいえ、それは僕が池上先生にウソをつかなければいけないことになるワケで。
それがバレたら僕の立場もよろしくないワケで。
「報酬は?」
「ぐっ……食券さらに追加で一週間分!」
「乗った」
食費のためなら僕は悪魔に魂を売ろう。
そんな気持ちでうなずくと、天土くんはがっくりと膝を折り、火和くんが腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ……ははは! やるな蒼真!」
「僕も必死に生きてるからね」
「杏ちゃんダサーい」
「うるさいなあ。寛大だって言ってよね」
和やかな空気になって、僕たちはゾロゾロと旧校舎を出た。
カバンを教室に置きっぱなしなので、一度みんなで新校舎の方に戻ることにする。
新校舎に入る直前、ハッと金泉くんが叫んだ。
「上‼」
「?」
みんな同時に上を見上げる。
植木鉢が落ちてくる――⁉
「どりゃあ!」
とっさに火和くんが足を高く上げ植木鉢を蹴り飛ばした。
吹っ飛んだ植木鉢は少し離れた地面で激しく割れる。
二階の窓の向こうにいた人影が慌てて逃げていくのが見えた。
「待て! 逃げんな! 謝れー!」
怒った火和くんが玄関に向かって走り出す。
だけどさすがに追いつけないだろう。
……今になって、心臓がバクバクとうるさく鳴り始める。
金泉くんが気づいてくれなかったら。
火和くんが蹴り飛ばしてくれなかったら。
頭に直撃していたかもしれない。
「……今の、わざとかな。ボクらを狙った?」
怖い顔をして金泉くんがつぶやいた。
「まあ、俺らは目立つし、恨みを買いやすい立場でもあるからな……」
天土くんは真剣な顔で植木鉢を見ている。
植木鉢自体には何も変わったところはなさそうだ。
ただ、直撃していれば、きっと大ケガをしていたであろう重さなのはわかる。
「狙われたのは、ソーマくんかも」
「え?」
「何で?」
水野くんの発言に、驚く天土くんと金泉くん。
僕はドキッとした。
水野くんの深い海色の瞳が真っ直ぐに僕を見ている。
「昼休みも食堂で生卵を投げられたよね。おれが止めたけど、止めてなかったら、当たってたのは多分ソーマくんだった」
「……うん」
確かにそうだ。
だけど、どうして。
誰が、何のために?
僕を狙う意味なんて……。
「――火の玉の犯人の、警告、か?」
いつも優しげな天土くんの声音に、ピリッと固くて痛いものが含まれていた。
今回は中に入らず、外――火の玉が見えた校舎裏に行く。
それにしても明るいだけで印象がだいぶ違う。
建物は古いものの、オバケが出るようなおどろおどろしさはない。
天土くんは水野くんを盾にしながら周囲を見回しているけど。
「昨日火が見えたのは、この辺だったよな?」
火和くんがおそるおそる、その場に立つ。
昨日はお昼頃まで雨が降っていたから、地面は少しばかりぬかるんでいた。
他は草ばかりが茂っていて、変わったところはない。
ただ、僕たち以外の足跡が乱雑に残っている。
ぐちゃぐちゃだからはっきりしないけど、多分二人分くらいだと思う。
「足跡があるならオバケじゃないね」
「足があるオバケだっているかもしれないじゃないか」
天土くんは子供がイヤイヤするみたいに首を振った。
はあ。この姿、全校生徒に見せてやりたい。
スン、と鼻を鳴らした火和くんは首を傾げる。
「さすがにもうニオイは残ってないな」
「今のところ、他に誰かいる気配もないね」
金泉くんも周りに耳を澄ませてそう言った。
「蒼真は? メガネ外して! 見て!」
「ええ……」
そんなへっぴり腰で指示されてもなぁ……。
仕方ないからメガネを外して周囲を見る。
何となく、人を見るより自然を見る方がクラクラしない。気の持ちようかもしれないけど。
キンッ!
一段と集中して見ると、頭の中でそんな音が鳴るような気がする。
とはいえ、何か変わったところなんて……。
「あ。これは?」
流れ込んでくるたくさんの情報から、ふいに目についた違和感を引き寄せる。
黒くてパサパサしたものが地面に落ちていた。近寄ってよく見てみる。
「……炭?」
「燃えかすって感じだねぇ。やっぱ物理的に何か燃えてたんだ」
「こんな小さいの、よく気づいたな!」
「ぬかるんでいたから風で飛ばされなかったみたいだね。さすが蒼真」
「えー? でも、こんなのただのゴミじゃない?」
……この目を褒められるなんて、珍しいというか、変な感じだ。
まあ、金泉くんは不満げだったけど。
得意になったワケじゃないけど、僕はさらに辺りを見回す。
するとまた不思議なものを見つけた。
「ん、待ってね……これ、燃え残った紙? じゃない?」
僕はすっかり汚れてしまっている紙片を拾い上げた。
ほんの一センチ程度の大きさで、自分でもよく気づいたなと思う。
「昨日は雨降ったし、湿度が高くて燃え残りやすかったのかもね。でも何の紙なのさ」
「と、言われても……」
金泉くんに追及されて、ちょっと困る。
紙は余白の部分なんだろう。何も書かれていない。
そもそもほんの少ししか残ってないし……。
「杏介、お前なら舐めたら成分? とかわかるんじゃねーか?」
火和くんが名案だと言わんばかりに手を打った。
そんなバカな。
「はあー? イヤですー!」
天土くんは子供がするように顔の前で大きく手をバッテンにした。
そりゃそうだ。火和くんも無茶振りが過ぎる。
「何でだよ」
「できるかもだけどさぁ!」
できるかもなの?
「こんなの口に入れるなんてカッコ悪いじゃん! あと汚い!」
イヤな理由はそれなの?
「貸してー。……んー」
二人が言い合ってる間に、ぬっ、と水野くんが横から手を伸ばしてきた。
紙を受け取った彼は丁寧に素手で触れ、思案する。
何度か指でこすったり撫でたりしていた彼は、やがてのんびりと顔を上げた。
「これ、テスト用紙じゃないかなぁ」
「え? そんなことわかるの?」
「うちのテスト用紙、やたらと上質なんだよねぇ。その紙の感覚とすごい似てる」
か、紙の違いまでわかるなんて、水野くんの触覚の繊細さはどこまですごいんだろう。
「て、ことはだ」
「ことは?」
すっかり水野くんの後ろから出てきた天土くんが仁王立ちになる。
その横で火和くんが何もわかっていなさそうに首を傾げた。
「大方、赤点だとか都合の悪い成績を取ってしまったヤツが証拠隠滅のためにテスト用紙を燃やしていたってところだろうね」
「おお、ナルホド!」
「ふふふ。まあ、そんなことだろうと思ったけどね!」
オバケの類いではなく人間の仕業であることが濃厚になったせいか、天土くんは調子が良かった。
声のトーンがいくつも高い。
火和くんの純粋さが沁み渡る。
「なーんだ。つまんないの」
「あはは。マシロくんはオバケの方が良かったんだ」
「せめてそっちの方が杏ちゃんのダサいところが見れて笑えるじゃん」
「真白! 縁起でもないこと言わない! 俺はダサくありません!」
「でもさあ、誰がやったんだろうな?」
火和くんの素朴な疑問に、みんなも「うーん」と唸った。
といっても、答えが出てくるとは思えない。
「まあ、別に犯人を特定しなくてもいいと思うけど……」
「蒼真としては、そうかもね。池上先生もそこまで求めてはいないと思う。ただなあ……」
「キョーくん、何かあるの?」
「野焼き……、要するに今回みたいにゴミを野外で燃やすのは基本的に禁止されているんだよ。有害物質の発生原因にもなるし、そもそもこんな木造物の近くでやられたら火事になる危険だってあるしね。生徒会長としては注意しとかないとな、って」
意外と真面目だった。
いや、ここにいるメンバー以外の生徒からすれば、むしろ真面目な方が天土くんのイメージ通りなんだろうけど。僕も昨日まではそうだったんだけど。
天土くんは肩をすくめる。
「まあ、オバケじゃないことがわかっただけでも収穫だし、あとは俺の方で探ってみるよ。ありがとねみんな」
「いいええ」
「良かったな杏介」
「おつー」
三人がそれぞれ気軽に返している。僕は何て返事をすればいいかわからなかった。
こんな校内の人気者とほんの少しでも行動したなんて、なんだか実感がない。
はじめは関わるなんてとんでもないと思ったけど……意外と気安くて、いい人たちだったな、とすら思い始めている。
まあ、長く付き合っていくとなればやっぱり大変なんだろうけど……。
僕は首を振ってメガネをかけ直した。
うん。あとはいつも通りに戻るだけだ。
「――あ。蒼真。他の七不思議についてはちょっと相談させてほしいな」
「え?」
「正直に俺らのせいって報告されると、ほら、何かと都合がね?」
「あー……」
それもそうか。
やっぱり締まらない天土くんに、思わず笑ってしまう。
とはいえ、それは僕が池上先生にウソをつかなければいけないことになるワケで。
それがバレたら僕の立場もよろしくないワケで。
「報酬は?」
「ぐっ……食券さらに追加で一週間分!」
「乗った」
食費のためなら僕は悪魔に魂を売ろう。
そんな気持ちでうなずくと、天土くんはがっくりと膝を折り、火和くんが腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ……ははは! やるな蒼真!」
「僕も必死に生きてるからね」
「杏ちゃんダサーい」
「うるさいなあ。寛大だって言ってよね」
和やかな空気になって、僕たちはゾロゾロと旧校舎を出た。
カバンを教室に置きっぱなしなので、一度みんなで新校舎の方に戻ることにする。
新校舎に入る直前、ハッと金泉くんが叫んだ。
「上‼」
「?」
みんな同時に上を見上げる。
植木鉢が落ちてくる――⁉
「どりゃあ!」
とっさに火和くんが足を高く上げ植木鉢を蹴り飛ばした。
吹っ飛んだ植木鉢は少し離れた地面で激しく割れる。
二階の窓の向こうにいた人影が慌てて逃げていくのが見えた。
「待て! 逃げんな! 謝れー!」
怒った火和くんが玄関に向かって走り出す。
だけどさすがに追いつけないだろう。
……今になって、心臓がバクバクとうるさく鳴り始める。
金泉くんが気づいてくれなかったら。
火和くんが蹴り飛ばしてくれなかったら。
頭に直撃していたかもしれない。
「……今の、わざとかな。ボクらを狙った?」
怖い顔をして金泉くんがつぶやいた。
「まあ、俺らは目立つし、恨みを買いやすい立場でもあるからな……」
天土くんは真剣な顔で植木鉢を見ている。
植木鉢自体には何も変わったところはなさそうだ。
ただ、直撃していれば、きっと大ケガをしていたであろう重さなのはわかる。
「狙われたのは、ソーマくんかも」
「え?」
「何で?」
水野くんの発言に、驚く天土くんと金泉くん。
僕はドキッとした。
水野くんの深い海色の瞳が真っ直ぐに僕を見ている。
「昼休みも食堂で生卵を投げられたよね。おれが止めたけど、止めてなかったら、当たってたのは多分ソーマくんだった」
「……うん」
確かにそうだ。
だけど、どうして。
誰が、何のために?
僕を狙う意味なんて……。
「――火の玉の犯人の、警告、か?」
いつも優しげな天土くんの声音に、ピリッと固くて痛いものが含まれていた。
