「手をあげろ!」
突然コンビニ内にそんな声が響いて、僕――木戸蒼真は手に取ったペットボトルを床に落としてしまった。
見ると、レジの前で覆面の男が二人。
その内の一人がカッターナイフを振り回している。
こ、コンビニ強盗?
これから夕方になるという、まだだいぶ明るい時間に?
いや、コンビニ強盗をする時間にケチをつけたいワケではないんだけど。
(珍しくコンビニに寄ったときに限って……!)
少し割高に感じてしまうので、普段は滅多に寄らないのに。
どうしても喉が渇いてしまって、だけど他に店が見当たらず、渋々、本当に渋々寄ったレアな日に、レアな事件にぶち当たってしまうなんて。あまりに不運じゃないだろうか。
「現金を出せ! レジの金全部だ!」
「ひっ……」
ナイフを突きつけられた店員の声が引きつる。
ナイフとは別の、もう一人の男は僕たち客に「動くなよ」と黒い塊を順に向け……って、け、けけ、拳銃⁉
僕はギョッとして慌てて周りを見回した。
僕以外の客は、隅で話し込んでいた四人の男子だけみたいだ。
固まっているからきっと友だち同士なんだろう。
あの四人、どこかで見たことがあるような……。
「すみません」
急に落ち着いた声が上がった。
例の男子グループの内の一人からだ。
涼やかなその声は、若いというか、いっそ幼い。
だけど随分と耳に心地良くて、思わず聞き入ってしまうような不思議な力があった。
(って、あの人……!)
驚く。僕の通う、虹代中学校の生徒会長だ。
天土杏介。
僕と同じ二年生にして、絶大な支持を集めた生徒会長。
頭良し、運動神経良し、見目良し、しかも日本で有数の財閥の長男――いわゆる御曹司ときたもんだ。
クセのないサラサラな髪、甘いマスク、ミント要らずの爽やかボイスはまるで正統派王子様だとか何とか。
一部の男子からは「せめて汚部屋であれ」「女の好みが最悪であれ」「私服がクソダサくあれ」「究極の方向音痴で家で毎日迷子になってろ」などと僻まれている。
虹代中学校は名門校なだけあって積極性に溢れた生徒も多く、毎年生徒会長に立候補する生徒は複数名出てくるらしいが、彼が立候補すると聞いたとたんに「勝てるワケがない」と続々と辞退者が出たらしい。
そんな属性がモリモリすぎる彼は、驚くことに男たちに近づいていった。
僕は冷や汗が止まらない。危なすぎるだろ……!
彼はよく通る声で言う。
「落ち着いてください」
君こそ落ち着け。無防備に強盗に近づいていくなんて絶対正気じゃない。
「あ?」
ほら、強盗さんも青筋を立てている!
「どう考えても割に合いませんよ」
「何だ、てめえ。中坊が説教か?」
「そのレジ、精算のために先ほど締められたばかりですから。大した金額にならないと思いますよ」
え?
思いがけない言葉に僕は目を丸くした。
天土くんは強盗と対峙していると思えないほどニコニコしている。
覆面男が店員を見る。
店員は涙目でコクコクとうなずいた。
「……締める前の金はどこにある?」
「て、店長室の金庫に……」
舌打ちをしたナイフの男が、レジの方に入り、案内しろと店員をせっつく。
二人の覆面男の意識が完全に店員に向いたとたん――背の高い男子が銃を持つ男に飛びついた⁉
と思った瞬間には、――ドスン!
華麗な一本背負いで相手をのしてしまう。
「なっ……何だ⁉」
「よっと」
「ぎゃあ!」
何てことのないように呟いて、さらにレジを軽々と飛び越え、もう一人を足払いで倒してしまう。
ハーフアップで無表情の彼は、水野玄斗くん。
キレイな顔をしてるけど、いつも居眠りしてるから「眠り姫」なんて呼ばれている。
そんな「眠り姫」がこんなに強いなんて……⁉
足払いしたとき、脚だけで二メートルくらいなかったか?
「! 音が……、入り口にまだ一人いる!」
叫んだのは、背の低い男子、金泉真白くんだ。
可愛らしい顔に似合わずいかついヘッドホンを首にかけている。
確か彼の家は音楽一家で、彼自身もピアノがすごく上手いらしい。
女の子が「真白くんのピアノを聴いたら顔から美容液が吹き出る」「真白くんのピアノを聴いてから心拍数がずっとその曲を奏でてる」「ましろんこそ『メロがりを奏でる』の体現者」なんてはしゃいでいたっけ。
それにしても、彼の位置から入り口は見えないはずなのに……?
だけど確かに「やべっ」と入口の方から男のくぐもった声、さらにドアが開く音や慌ただしい足音が聞こえてきた。
「待て!」
「うわっ」
僕を押しのけ走り出した人がいた。その拍子に僕のメガネが落ちる。
メガネが落ちると――僕の視界にたくさんの情報が流れ込んできて、ぐわんと眩暈がした。
その眩暈を振り払って顔を上げる。走っていったのはまたもや有名人だった。
火和蘇芳くん。
四人の中で一番背が高い。
筋肉はついているけど無駄がなく、スラリとしている。
スポーツ万能で、昼休みや体育の時間はいつも女子の歓声と男子のヤジを独り占めしている。
人柄が明るく、カリスマ性のある天土くんとは違った意味でいつでも人に囲まれているような人気者だ。
火和くんの脚は速い。
だけどさすがに距離があったから、男の姿はもう見えなく――。
「スンッ……あっちだな!」
……においを嗅いで、自信満々に走り出していった。
警察犬か?
「大丈夫かな……」
ボーゼンとしながら、メガネを拾う。
良かった。壊れてない。
メガネをかける前に周りを確認する。
水野くんが男の上に座っていて、金泉くんは退屈そうにガムを噛んでいる。
天土くんはスマートホンを取り出していて、おそらく警察に通報中、かな?
そして――。
キンッ!
頭の中でそんな音が鳴ったような気がするのと同時に、水野くんに最初に倒された男が身じろぐのが、見えた。
その手に力がこもるのも見えて。
次の動きが、僕には手に取るようにわかった。
叫ぶ。
「銃だ! 避けて!」
「!」
天土くんがとっさに転がるように避ける。
一拍遅れて、発砲音。さっきまで天土くんがいたところに穴が開く。
男が舌打ちした。
「ちっ、この……!」
「邪魔」
「ぐぁっ」
もう一度引き金を引く直前、水野くんに回し蹴りをされて、男は今度こそ気を失った。
よ、良かった……。
「君、ありがとう。助かったよ」
「あ、いえ」
天土くんが人当たりのいい笑顔で話しかけてきた。
……うーん、なるほどこれが天下の生徒会長。
命の危機だったっていうのに落ち着きっぷりがすごい。爽やかっぷりもすごい。気品という名の服を着て歩いているみたいだ。
「よくあいつの動きがわかったね。ずいぶんと目がいいのかな。とにかくお礼をさせてほしいな。君、もしかして僕と同じ学校の、」
ギクリ。まずい!
「たまたまなので! 失礼します!」
「あ、ちょっと」
目のことに触れられるのは困るので、僕は天土くんの言葉をさえぎってその場から走り出した。
突然コンビニ内にそんな声が響いて、僕――木戸蒼真は手に取ったペットボトルを床に落としてしまった。
見ると、レジの前で覆面の男が二人。
その内の一人がカッターナイフを振り回している。
こ、コンビニ強盗?
これから夕方になるという、まだだいぶ明るい時間に?
いや、コンビニ強盗をする時間にケチをつけたいワケではないんだけど。
(珍しくコンビニに寄ったときに限って……!)
少し割高に感じてしまうので、普段は滅多に寄らないのに。
どうしても喉が渇いてしまって、だけど他に店が見当たらず、渋々、本当に渋々寄ったレアな日に、レアな事件にぶち当たってしまうなんて。あまりに不運じゃないだろうか。
「現金を出せ! レジの金全部だ!」
「ひっ……」
ナイフを突きつけられた店員の声が引きつる。
ナイフとは別の、もう一人の男は僕たち客に「動くなよ」と黒い塊を順に向け……って、け、けけ、拳銃⁉
僕はギョッとして慌てて周りを見回した。
僕以外の客は、隅で話し込んでいた四人の男子だけみたいだ。
固まっているからきっと友だち同士なんだろう。
あの四人、どこかで見たことがあるような……。
「すみません」
急に落ち着いた声が上がった。
例の男子グループの内の一人からだ。
涼やかなその声は、若いというか、いっそ幼い。
だけど随分と耳に心地良くて、思わず聞き入ってしまうような不思議な力があった。
(って、あの人……!)
驚く。僕の通う、虹代中学校の生徒会長だ。
天土杏介。
僕と同じ二年生にして、絶大な支持を集めた生徒会長。
頭良し、運動神経良し、見目良し、しかも日本で有数の財閥の長男――いわゆる御曹司ときたもんだ。
クセのないサラサラな髪、甘いマスク、ミント要らずの爽やかボイスはまるで正統派王子様だとか何とか。
一部の男子からは「せめて汚部屋であれ」「女の好みが最悪であれ」「私服がクソダサくあれ」「究極の方向音痴で家で毎日迷子になってろ」などと僻まれている。
虹代中学校は名門校なだけあって積極性に溢れた生徒も多く、毎年生徒会長に立候補する生徒は複数名出てくるらしいが、彼が立候補すると聞いたとたんに「勝てるワケがない」と続々と辞退者が出たらしい。
そんな属性がモリモリすぎる彼は、驚くことに男たちに近づいていった。
僕は冷や汗が止まらない。危なすぎるだろ……!
彼はよく通る声で言う。
「落ち着いてください」
君こそ落ち着け。無防備に強盗に近づいていくなんて絶対正気じゃない。
「あ?」
ほら、強盗さんも青筋を立てている!
「どう考えても割に合いませんよ」
「何だ、てめえ。中坊が説教か?」
「そのレジ、精算のために先ほど締められたばかりですから。大した金額にならないと思いますよ」
え?
思いがけない言葉に僕は目を丸くした。
天土くんは強盗と対峙していると思えないほどニコニコしている。
覆面男が店員を見る。
店員は涙目でコクコクとうなずいた。
「……締める前の金はどこにある?」
「て、店長室の金庫に……」
舌打ちをしたナイフの男が、レジの方に入り、案内しろと店員をせっつく。
二人の覆面男の意識が完全に店員に向いたとたん――背の高い男子が銃を持つ男に飛びついた⁉
と思った瞬間には、――ドスン!
華麗な一本背負いで相手をのしてしまう。
「なっ……何だ⁉」
「よっと」
「ぎゃあ!」
何てことのないように呟いて、さらにレジを軽々と飛び越え、もう一人を足払いで倒してしまう。
ハーフアップで無表情の彼は、水野玄斗くん。
キレイな顔をしてるけど、いつも居眠りしてるから「眠り姫」なんて呼ばれている。
そんな「眠り姫」がこんなに強いなんて……⁉
足払いしたとき、脚だけで二メートルくらいなかったか?
「! 音が……、入り口にまだ一人いる!」
叫んだのは、背の低い男子、金泉真白くんだ。
可愛らしい顔に似合わずいかついヘッドホンを首にかけている。
確か彼の家は音楽一家で、彼自身もピアノがすごく上手いらしい。
女の子が「真白くんのピアノを聴いたら顔から美容液が吹き出る」「真白くんのピアノを聴いてから心拍数がずっとその曲を奏でてる」「ましろんこそ『メロがりを奏でる』の体現者」なんてはしゃいでいたっけ。
それにしても、彼の位置から入り口は見えないはずなのに……?
だけど確かに「やべっ」と入口の方から男のくぐもった声、さらにドアが開く音や慌ただしい足音が聞こえてきた。
「待て!」
「うわっ」
僕を押しのけ走り出した人がいた。その拍子に僕のメガネが落ちる。
メガネが落ちると――僕の視界にたくさんの情報が流れ込んできて、ぐわんと眩暈がした。
その眩暈を振り払って顔を上げる。走っていったのはまたもや有名人だった。
火和蘇芳くん。
四人の中で一番背が高い。
筋肉はついているけど無駄がなく、スラリとしている。
スポーツ万能で、昼休みや体育の時間はいつも女子の歓声と男子のヤジを独り占めしている。
人柄が明るく、カリスマ性のある天土くんとは違った意味でいつでも人に囲まれているような人気者だ。
火和くんの脚は速い。
だけどさすがに距離があったから、男の姿はもう見えなく――。
「スンッ……あっちだな!」
……においを嗅いで、自信満々に走り出していった。
警察犬か?
「大丈夫かな……」
ボーゼンとしながら、メガネを拾う。
良かった。壊れてない。
メガネをかける前に周りを確認する。
水野くんが男の上に座っていて、金泉くんは退屈そうにガムを噛んでいる。
天土くんはスマートホンを取り出していて、おそらく警察に通報中、かな?
そして――。
キンッ!
頭の中でそんな音が鳴ったような気がするのと同時に、水野くんに最初に倒された男が身じろぐのが、見えた。
その手に力がこもるのも見えて。
次の動きが、僕には手に取るようにわかった。
叫ぶ。
「銃だ! 避けて!」
「!」
天土くんがとっさに転がるように避ける。
一拍遅れて、発砲音。さっきまで天土くんがいたところに穴が開く。
男が舌打ちした。
「ちっ、この……!」
「邪魔」
「ぐぁっ」
もう一度引き金を引く直前、水野くんに回し蹴りをされて、男は今度こそ気を失った。
よ、良かった……。
「君、ありがとう。助かったよ」
「あ、いえ」
天土くんが人当たりのいい笑顔で話しかけてきた。
……うーん、なるほどこれが天下の生徒会長。
命の危機だったっていうのに落ち着きっぷりがすごい。爽やかっぷりもすごい。気品という名の服を着て歩いているみたいだ。
「よくあいつの動きがわかったね。ずいぶんと目がいいのかな。とにかくお礼をさせてほしいな。君、もしかして僕と同じ学校の、」
ギクリ。まずい!
「たまたまなので! 失礼します!」
「あ、ちょっと」
目のことに触れられるのは困るので、僕は天土くんの言葉をさえぎってその場から走り出した。
