きみと描いた星空は、まだ消えない

「名前、聞いてもいい?」


しばらく沈黙が続いた後、不意に口を開いたのは彼の方だった。


桐島結羽(きりしまゆう)。結ぶ羽でゆう」

「俺は柏木蒼生(かしわぎあおい)。蒼く生きるで、あおい」


柏木蒼生、かしわぎあおい。

わたしは心の中で繰り返した。

蒼く、生きる……不思議な名前だと思った。

でも、なんとなく、この子に似合っていた。

名前と人が、きれいに一致している感じがした。


「蒼生って、よく来るの?ここ」

「うん。晴れた夜は大体」

「一人で?」

「一人で」


蒼生は当たり前のように言った。

わたしは、それ以上聞けなかった。

一人で夜中に来る理由なんて、聞いてはいけない気がした。

自分だって、誰かに聞かれたら困る。

二人はしばらく黙って、星を見た。

わたしには数えることができなかったけれど、蒼生はときどき口の中で数字をつぶやいていた。

三十二、三十三、四十——それが何を指しているのかわからなくて、わたしはただ隣にいた。

静かだった。国道を走る車の音が、遠くに聞こえていた。

自動販売機がときどきかすかな音を立てた。

それ以外は、ほとんど音がなかった。

こんなに静かな場所が、街の中にあるとは知らなかった。


「結羽は、なんで来たの?」

「……眠れなくて」

「そう」


それだけだった。

蒼生は「なんで眠れないの」とは聞かなかった。

わたしは何も聞かれない事に少しだけ、ほっとした。

眠れない理由を説明するのは難しかった。

あの秋のこと、学校に行けなくなったこと、全部が少しずつ重なって、眠れなくなっていた。

でも蒼生は、そのどれも聞かなかった。

眠れないならここにいていい、と言うように、ただそこにいた。

誰かがそばにいるという煩わしさも、いるのに沈黙が続く気まずさも何も感じなかった。

ひとりで自分の部屋にいるよりも圧迫感や虚無感もなく、不思議な心地よさしかなかった。


しばらくそんな心地よさを堪能した後、時計が一時を表示したのを見て立ち上がる。

そろそろ帰らないと……。

立ち上がったわたしに視線を向けた蒼生。


「わたし、そろそろ帰るね」


そう言ったわたしに、蒼生は笑顔を見せる。


「そっか。おやすみなさい」

「……おやすみなさい」


「また来る?」とは聞かなかった。

「またね」とも言わなかった。

ただ「おやすみ」とだけ言った。

わたしも彼にならって、「おやすみ」と返し、歩き出した。

絵本の世界に迷い込んだ女の子が現実の世界に帰る様な不思議な空間だったと思う。

そんな空間にいた彼らしい挨拶だなと、家に向かいながら、久しぶりにフフッと笑ってしまった。