きみと描いた星空は、まだ消えない

四日目の夜、男の子は来なかった。

七番ベンチが空だった。

わたしは六番ベンチに座って、いつもと同じように空を見た。

でも何かが足りなかった。

あの、口の中でつぶやく声が聞こえなかった。

鉛筆の音がしなかった。

来ない日もある、と思った。

当然だ。

わたしだって、目的があってここに来ているわけじゃない。

あの男の子も、そうだろう。

でも、帰り道が、いつもより長く感じた。

その夜、布団の中で、また考えた。

生きていることに、意味があるのだろうか。

いくら考えても、答えはやっぱり出なかった。

でも今夜は、少しだけ違うことも考えた。

あの男の子は、毎晩ここに来ている。

晴れた夜は毎回、という感じで。

どうして来るんだろう。

何のために星を数えているんだろう。

どこの誰かも知らない他人の事なのに、不思議と知りたい、と思えた。

それが、久しぶりに感じる「知りたい」という気持ちだった。


五日目の夜、男の子は戻ってきた。

七番ベンチに、いつもと同じ姿勢で座っていた。

わたしは六番ベンチに座った。

男の子はこちらを見なかった。

今夜は、声をかけようと思っていた。

数日間、声をかけないでいた。

でも今夜は、聞きたかった。

どうして星を数えているのか。

どうして毎晩ここに来るのか。

でも、なかなか声が出なかった。

この静けさを壊すのが、怖かった。

言葉が出てきたら、何かが変わってしまうかもしれない。

今のままでいた方が、楽かもしれない。

男の子は空を見上げていた。

鉛筆を動かしていた。

今日も口の中で数字をつぶやいていた。

三十二、三十三……と。

意を決して立ち上がり、わたしは彼の元へと歩み寄った。

黒いベンチコートで覆われていて、体型はよくわからないけれど、多分やせていると思う。

コートから出た首は、かなり細くて、肌が白くて、街灯の光の中にひっそりと溶け込んでいるようだったから。

そこにいるのに、そこにいないみたいな、不思議な存在感で、絵本の挿絵を見ている感覚に陥る。

まさか、幽霊なんじゃ……って一瞬、頭の中をそんな言葉がよぎった。

でも、


「……何、してるの?」


気づいたら問いかけていた。

男の子は空を見たまま、少し間を置いてから答えた。


「星、数えてる」

「星?」

「肉眼で見えるやつ、全部」

「そんなの、数えきれないじゃん」

「だからなるべく毎晩来てる」


男の子はそう言って、初めてわたしの方を向いた。

笑っていた。

絵本に出てくる子どもみたいな、不思議な笑い方をする子だと思った。

目が細くて、まるで夜空そのものを溶かし込んだみたいな、深い色をしていた。

やっぱり絵本の世界に迷い込んだようだった。


「何かを失った人は」


と男の子が言った。


「夜が綺麗に見えるんだよ」


わたしは息を止めた。

わたしも同じことを思っていたからだ。

そのせいか、彼の言葉が、胸の奥のどこかに、するりと入り込んだ。

星が、じわりとにじんで見えた。

わたしはまた、六番ベンチに座った。

男の子は何も言わず、また空を見上げる。

沈黙は、不思議と苦しくなかった。