きみと描いた星空は、まだ消えない

空を見上げた。

春の夜空は、冬とは違った。

星の位置が変わっていた。

冬の大三角は、西の空に傾いていた。

もうすぐ見えなくなる。

でもまた来年の冬には、同じ場所に戻ってくる。

蒼生が好きだと言っていた三つの星が、また来年もそこにあることを、わたしは知っていた。

いつものように星を数えようとした。

肉眼で見えるやつ、全部。

三十二、三十三、四十……今夜は少し遠くまで数えられた。

来るたびに数えていたら、少しずつ数えられるようになってきた。

蒼生がそうしてきたように。


七番ベンチに座って、空を見ていると、隣の六番ベンチが目に入った。

最初の夜、わたしが座った場所。

一つ空けて、遠慮がちに座った場所。

今は誰もいない。

でも誰かが来たら、わたしはきっとまた一つ空けて座ってしまうだろう。

それがわたしの癖だったから。

でも蒼生が来たら、七番ベンチに座りたいと思った。

肩が触れるくらいの距離に、あの夜みたいに。

蒼生がもしかしたら現れるかもしれない……なんて思っていない。

正確に言えば、思いたいけれど、思えない。

あの朝から、わたしはもう来ない、という事実を受け入れている。

でも、あの人がここに来ていたたことは、本当のことだ。

黒いベンチコートを着て、七番ベンチに座って、星を数えて、わたしの前髪の雨粒を払ってくれた。

その全部が、本当のことだ。

消えない。

消えていい理由がない。

蒼生の軌跡は、わたしの地上に、ちゃんとつながっている。


わたしはスケッチブックを開いた。

新しいページに、春の夜のバスターミナルを描き始めた。

七番ベンチ。

自動販売機の光。

道路に伸びる光の線。

遠くで動く車のライト。

春の空気に揺れる街灯。

そして、ベンチに一人で座っている、小さな人影。

それが、わたしだった。

蒼生と出会う前のわたしではなくて、蒼生と出会った後のわたし。

絵を描くことを、もう怖いとは思わないわたし。

好きなものを好きでいることを、もう諦めないわたし。

一人でも、七番ベンチに座れるわたし。


絵の上の方に、星を一つ描き足した。

蒼生が好きだと言っていた、冬の大三角の中の一つ。もうすぐ沈んでいく、でもまた来年戻ってくる星。

空の星と、地上のベンチが、一枚の絵の中につながった。

ここには、わたしと蒼生の軌跡が詰まっている。


きみと描いた星空は、消えることはない。


永遠に。