あの子が、凝りもせず、別のクラスの子の絵の構図を盗んでコンクールに出したのだ。
今度はしっかりとした証拠が残っていたようで、騒ぎになって、審査員が過去の受賞作まで遡った。
あのときのわたしの絵のことも、明るみに出て、あの時の受賞は取り消しとなった。
美術部の顧問の先生が謝りに来たけれど、わたしは何も反応しなかった。
今更、謝られても、あの時の痛みは忘れられないし、時間も戻らない。
ただ、そっとしておいて欲しかったし、これからもわたしの世界に関わらないで欲しいと思った。
学校にも家にも居づらくなったあの子は、逃げるように転校していったらしい。
受賞して友達に囲まれて誇らしげに微笑んでいたあの子は、自分で自分の絵を汚す事になった。
……自分の描く世界観なんか持っていなかったのだろうけれど。
わたしは特に何も感じなかった。
悲しくもなかったし、嬉しくもなかった。
ただ、蒼生の言葉が本当だったんだな、と思っただけ。
星は、ちゃんと見ていた。
そんな事があった後も、動揺する事なんかなく、何も変わらず絵を描く事が楽しくて仕方がなかった。
月命日に、蒼生の家を訪ねた。
表札に「柏木」と書いてあった。
あの日と同じ表札。
でもあの日より、少し気持ちが落ち着いていた。
インターフォンを押すと、お母さんが出てきた。
「来てくれたんですね」
お母さんは穏やかに笑った。
あの夜明け前のバスターミナルで見た顔より、少しだけ柔らかかった。
リビングに通してもらうと、テーブルの上に、蒼生の写真が飾ってある事に気が付いた。
笑っていた。絵本みたいな、あの笑い方で。
わたしはしばらく、その写真を見ていた。
「……絵、描き続けてます」
やっと口が開いた。
「蒼生が、描き続けてねって言ってくれたから」
お母さんは少し目を潤ませた。でも笑った。
「あの子、結羽さんの絵が本当に好きだったから」
「……知ってます」
と言ってから、泣きそうになった。
お茶を飲みながら、しばらく蒼生の話をした。
バスターミナルのこと。
二人で描いた絵のこと。
星の数え方を教えてもらったこと。
お母さんは黙って聞いていた。
ときどき、うなずきながら微笑んで、目を細めた。
帰り際、お母さんが言った。
「ぜひまた来てください。蒼生も喜ぶと思うから」
わたしはうなずいた。
「また来ます」と言った。
それからも、月命日は欠かさなかった。
進級して、中学三年生になっても、毎月同じ日に、柏木家を訪ねた。
お母さんは毎回、温かいお茶を出してくれた。
蒼生の写真に手を合わせて、その月にあったことを話した。
さくらという友達ができたこと。
保健室から教室に行けるようになったこと。
絵を描き続けていること。
お母さんはいつも黙って聞いてくれた。
「着実に前に進めているのね、本当に良かった」
「いえ、蒼生のおかげだし、蒼生の分まで色々な物を見て、描いていくって決めたから」
「きっかけは蒼生かもしれないけれど、進むと決めたのは結羽さんよ。だからちゃんと、自分を誉めてあげてね?」
その言葉が、胸に温かく落ちた。
そんな事、考えた事もなかった。
わたしは涙を静かにこぼしながら、コクコクとうなずいた。
蒼生のいない月日が積み重なっていった。
でも月命日に来るたびに、蒼生がいた時間も一緒に積み重なっていく気がした。
忘れていくんじゃなくて、増えていく感じ。
それが、わたしには不思議と心地よかった。
柏木家の前の道を歩きながら、空を見上げた。
まだ冬の空だったけれど、少しだけ明るさが違った。
春が少しずつ近づいている。
蒼生が好きだと言っていた冬の大三角は、西の空に傾いていた。
もうすぐ見えなくなるけれど、また来年の冬には、同じ場所に戻ってくる。
わたしは歩き続けた。
今度はしっかりとした証拠が残っていたようで、騒ぎになって、審査員が過去の受賞作まで遡った。
あのときのわたしの絵のことも、明るみに出て、あの時の受賞は取り消しとなった。
美術部の顧問の先生が謝りに来たけれど、わたしは何も反応しなかった。
今更、謝られても、あの時の痛みは忘れられないし、時間も戻らない。
ただ、そっとしておいて欲しかったし、これからもわたしの世界に関わらないで欲しいと思った。
学校にも家にも居づらくなったあの子は、逃げるように転校していったらしい。
受賞して友達に囲まれて誇らしげに微笑んでいたあの子は、自分で自分の絵を汚す事になった。
……自分の描く世界観なんか持っていなかったのだろうけれど。
わたしは特に何も感じなかった。
悲しくもなかったし、嬉しくもなかった。
ただ、蒼生の言葉が本当だったんだな、と思っただけ。
星は、ちゃんと見ていた。
そんな事があった後も、動揺する事なんかなく、何も変わらず絵を描く事が楽しくて仕方がなかった。
月命日に、蒼生の家を訪ねた。
表札に「柏木」と書いてあった。
あの日と同じ表札。
でもあの日より、少し気持ちが落ち着いていた。
インターフォンを押すと、お母さんが出てきた。
「来てくれたんですね」
お母さんは穏やかに笑った。
あの夜明け前のバスターミナルで見た顔より、少しだけ柔らかかった。
リビングに通してもらうと、テーブルの上に、蒼生の写真が飾ってある事に気が付いた。
笑っていた。絵本みたいな、あの笑い方で。
わたしはしばらく、その写真を見ていた。
「……絵、描き続けてます」
やっと口が開いた。
「蒼生が、描き続けてねって言ってくれたから」
お母さんは少し目を潤ませた。でも笑った。
「あの子、結羽さんの絵が本当に好きだったから」
「……知ってます」
と言ってから、泣きそうになった。
お茶を飲みながら、しばらく蒼生の話をした。
バスターミナルのこと。
二人で描いた絵のこと。
星の数え方を教えてもらったこと。
お母さんは黙って聞いていた。
ときどき、うなずきながら微笑んで、目を細めた。
帰り際、お母さんが言った。
「ぜひまた来てください。蒼生も喜ぶと思うから」
わたしはうなずいた。
「また来ます」と言った。
それからも、月命日は欠かさなかった。
進級して、中学三年生になっても、毎月同じ日に、柏木家を訪ねた。
お母さんは毎回、温かいお茶を出してくれた。
蒼生の写真に手を合わせて、その月にあったことを話した。
さくらという友達ができたこと。
保健室から教室に行けるようになったこと。
絵を描き続けていること。
お母さんはいつも黙って聞いてくれた。
「着実に前に進めているのね、本当に良かった」
「いえ、蒼生のおかげだし、蒼生の分まで色々な物を見て、描いていくって決めたから」
「きっかけは蒼生かもしれないけれど、進むと決めたのは結羽さんよ。だからちゃんと、自分を誉めてあげてね?」
その言葉が、胸に温かく落ちた。
そんな事、考えた事もなかった。
わたしは涙を静かにこぼしながら、コクコクとうなずいた。
蒼生のいない月日が積み重なっていった。
でも月命日に来るたびに、蒼生がいた時間も一緒に積み重なっていく気がした。
忘れていくんじゃなくて、増えていく感じ。
それが、わたしには不思議と心地よかった。
柏木家の前の道を歩きながら、空を見上げた。
まだ冬の空だったけれど、少しだけ明るさが違った。
春が少しずつ近づいている。
蒼生が好きだと言っていた冬の大三角は、西の空に傾いていた。
もうすぐ見えなくなるけれど、また来年の冬には、同じ場所に戻ってくる。
わたしは歩き続けた。


