蒼生が逝ってから、わたしは毎日絵を描いた。
理由はうまく説明できなかった。
描かなければいられなかった、という方が近いのかもしれない。
朝起きると鉛筆を持って、カーテンから差し込む光を描いた。
昼間、部屋の窓から見える空を描いた。
夜、台所のテーブルの上に置かれたコップを描いた。
誰かに見せるわけでもなく、ただただ描き続けた。
蒼生が言っていた。
誰かに見せなくていい、評価されなくていい。
描きたいときに、自分のためだけに描けばいい。
その言葉が、今のわたしを動かしていた。
スケッチブックは三冊目に入った。
一冊目はバスターミナルの夜。
二冊目は蒼生のいない夜のバスターミナルと、家の中の景色。
三冊目は、少しずつ変わっていく毎日の景色だった。
蒼生のスケッチブックを、何度も見返した。
お母さんから受け取った、あの灰色の表紙のスケッチブック。
何年分もの夜空が詰まった、重いスケッチブック。
ページをめくるたびに、蒼生がここにいた夜のことを思った。
バスターミナルで、膝の上に置いて、鉛筆を動かしていた。
三十二、三十三、四十……と口の中でつぶやきながら。
どのページも、丁寧だった。
一本一本の線が、その夜の空気を記録していた。
見ていると、蒼生の隣にいるような気がした。
最後のページには、わたしが描いた夜明けがあった。
蒼生のスケッチブックの、一番最後に、わたしの夜明けがある。
それが、なぜかとても大切なことに思えた。
蒼生が亡くなった後、わたしはお父さんとお母さんにこれまで起きた事、全てを話した。
絵を誉められて嬉しかったのに、その絵を盗作された事、美術部の顧問から言われた事、絵が描けなくなった事。
学校に行けなくなった理由、担任が来ても何も信用できなくて、返事をしなかった事。
自分の部屋にいても息苦しくて、真夜中に出かけていたという事も。
そこで蒼生と出会って、どう過ごして、また絵を描けるようになったのかも全て。
蒼生は自分の命がある限り、決して後悔のないように一日一日を大事に生きていた。
彼と出会って、目の前にある全ての物が当たり前じゃないという事を知って、わたしも後悔のない人生を送ろうと決めたのだ。
そこまで話すと、お父さんもお母さんも笑顔でうなずいてくれた。
「辛かった事に気付いてやれなくて……声をかけてやれなくてごめんな」
その一言に、胸の奥が痛くなった。
辛かった。そうだった。
でも辛かっただけじゃない。
楽しかった。
温かかった。
たくさんのものをもらった。
それも全部、本当だった。
「辛かったけど、もらったものもたくさんあって……また絵が描けるようになった」
お父さんは少しだけ目を細めた。
「……それはよかった」
と言った。
短い言葉だったけれど、それで十分だった。
待っていても世界は何も変わらない。
変わるためには一歩踏み出さなきゃ、いけなかったのだ。
それでも、その一歩ですらかなりの勇気が必要だったけれど、お父さんもお母さんも
「結羽のペースで大丈夫。焦らなくていい」
と見守ってくれたから、少しずつ前に進んでいこうと心に決めたんだと思う。
二月になって、わたしは少しずつ学校へ行き始めた。
最初は保健室だけだった。
朝、玄関のドアを開けて、学校まで歩いて、保健室に入る。
それだけだった。
でも、できた。
理由はうまく説明できなかった。
描かなければいられなかった、という方が近いのかもしれない。
朝起きると鉛筆を持って、カーテンから差し込む光を描いた。
昼間、部屋の窓から見える空を描いた。
夜、台所のテーブルの上に置かれたコップを描いた。
誰かに見せるわけでもなく、ただただ描き続けた。
蒼生が言っていた。
誰かに見せなくていい、評価されなくていい。
描きたいときに、自分のためだけに描けばいい。
その言葉が、今のわたしを動かしていた。
スケッチブックは三冊目に入った。
一冊目はバスターミナルの夜。
二冊目は蒼生のいない夜のバスターミナルと、家の中の景色。
三冊目は、少しずつ変わっていく毎日の景色だった。
蒼生のスケッチブックを、何度も見返した。
お母さんから受け取った、あの灰色の表紙のスケッチブック。
何年分もの夜空が詰まった、重いスケッチブック。
ページをめくるたびに、蒼生がここにいた夜のことを思った。
バスターミナルで、膝の上に置いて、鉛筆を動かしていた。
三十二、三十三、四十……と口の中でつぶやきながら。
どのページも、丁寧だった。
一本一本の線が、その夜の空気を記録していた。
見ていると、蒼生の隣にいるような気がした。
最後のページには、わたしが描いた夜明けがあった。
蒼生のスケッチブックの、一番最後に、わたしの夜明けがある。
それが、なぜかとても大切なことに思えた。
蒼生が亡くなった後、わたしはお父さんとお母さんにこれまで起きた事、全てを話した。
絵を誉められて嬉しかったのに、その絵を盗作された事、美術部の顧問から言われた事、絵が描けなくなった事。
学校に行けなくなった理由、担任が来ても何も信用できなくて、返事をしなかった事。
自分の部屋にいても息苦しくて、真夜中に出かけていたという事も。
そこで蒼生と出会って、どう過ごして、また絵を描けるようになったのかも全て。
蒼生は自分の命がある限り、決して後悔のないように一日一日を大事に生きていた。
彼と出会って、目の前にある全ての物が当たり前じゃないという事を知って、わたしも後悔のない人生を送ろうと決めたのだ。
そこまで話すと、お父さんもお母さんも笑顔でうなずいてくれた。
「辛かった事に気付いてやれなくて……声をかけてやれなくてごめんな」
その一言に、胸の奥が痛くなった。
辛かった。そうだった。
でも辛かっただけじゃない。
楽しかった。
温かかった。
たくさんのものをもらった。
それも全部、本当だった。
「辛かったけど、もらったものもたくさんあって……また絵が描けるようになった」
お父さんは少しだけ目を細めた。
「……それはよかった」
と言った。
短い言葉だったけれど、それで十分だった。
待っていても世界は何も変わらない。
変わるためには一歩踏み出さなきゃ、いけなかったのだ。
それでも、その一歩ですらかなりの勇気が必要だったけれど、お父さんもお母さんも
「結羽のペースで大丈夫。焦らなくていい」
と見守ってくれたから、少しずつ前に進んでいこうと心に決めたんだと思う。
二月になって、わたしは少しずつ学校へ行き始めた。
最初は保健室だけだった。
朝、玄関のドアを開けて、学校まで歩いて、保健室に入る。
それだけだった。
でも、できた。


